2013年2月9日土曜日

コペックはじめました

さて、リマ経由でサンティアゴに戻った僕は、再びゆっくりと過ごした。
ようやくセントロにも散歩に出かけたし、
宿に泊まっていた人に案内してあげるという名目で結局モールスポーツにも3回も行った 笑
イースター島で窮屈に感じた時間も、近くに愛車がいるだけで安心できる。
これで飽きたらいつでも出発できる。そういう意味で自転車旅行は限りなく気楽だと改めて思う。

そうして数日後、僕はパタゴニアに向けて走りだした。
パタゴニアとは南位40°付近を流れるコロラド川以南のエリアを差す総称。
チリ側を南下する僕はチリ側パタゴニア北部の中心地プコンを目指した。
道中約850kmほど街は続くがこれといって観光の目玉になるようなところはなく、
景色も代わり映えしない。
だから欧州のサイクリストはこの区間バスで飛ばす人も多い。
自走にこだわる僕は、ひたすら高速道路を使って南下。
これがもう苦行だった。
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景色変わんね。

毎日毎日120km以上、多い時は150km以上走ってるのにあまり代わり映えのしない単調な景色が続く。
高速移動を目的につくられているのが高速道路だから、なるべく平坦な真っ直ぐな道を作るのは当然か。

ちょっと森が増えてきたか…?
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で、この辺になると、花粉がすごい。
僕はスギ花粉は大丈夫なんだけど、イネ科の花粉に弱い。
だから日本でも花粉のピークが過ぎた5月頃から一人季節外れの花粉症に苦しんでいた。
どうやらこのあたりもイネ科の植物が多い模様で、涙を流しながらのランとなった。

そして道中、唯一の見所と言ってもいいラハの滝。
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通り道なのでついでに寄っただけだが、こいつは案外よかった。
ゴゴゴっと滝が地面に叩きつける音もなかなか迫力もあったし。この暑い中見る滝は見た目にも涼しい。
聞いた話だと、雨季にはもっと水流が増えて大迫力なんだとか。
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無料で立ち寄れるところだし、穴場スポットです。
お近くをお通りの際はゼヒ。
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そうして今が何日目か記憶も曖昧になるぐらい高速道路をひた走った。
一切高速道路から下りていない。
では道中、どうしていたかと言うと。
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高速道に点在しているガソリンスタンドでキャンプをしていた。
大体、大きな街の入口と出口に売店と軽食を兼ねたガソリンスタンドがあってそこで夜を明かした。
スタンドの店員も慣れた様子で、あそこにテント張っていいよと即答である。
もともとトラックなんかの長距離ドライバーのための休憩スポットでもあるので、
車のエンジン音さえ気にならなければ、かなり快適に過ごせる。

チリにはコペック、テルペル、ペトロブラスというガソリンスタンドが大手のようで
順に業界シェアと設備も良い(個人的な体感です)
だから面白いもので特の大きな街の出入り口はがっちり最大手のコペックが出店しているし、
2番手のテルペル、ペトロブラスは中規模の街や、街も無いようなところにお店があった。
コペックに立ち向かうには、こうして微妙な場所で立ち向かっていくしかないらしい。
最大手コペックの実力は折り紙付きで、Wi-Fiはもちろん、なんとホットシャワーまであった。
ホットシャワーは1$かかるんだけど、ほとんどタダみたいなもの。

s-DSC00807 (83)s-DSC00807 (84)毎日のスケジュールとして
6:00 起床&朝食
7:30 出発
17:00走行終了 テントの許可を取る
21:00夕食&店内で寛ぐ
22:00就寝
といったサイクルで過ごしていた。
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それにコペックはケータイでコペックアプリなるものを出していて、設備を調べれので
それを使って次のシャワー設備のあるコペックまで毎日走っていた。
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もちろんコペックまで辿りつけず、2番手のテルペルで一晩過ごしたこともあったが、
シャワーはないにせよネットも使えたし、水にだって困らなかった。
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切り詰めればほとんどお金を使わず、毎日移動することだって可能だ。
僕はキャンプのお礼に一応何かしらの食事やお菓子を買ったりしていたけど。
それでも生活費は一日1000円以下。
バス代宿代が高いといわれるチリ・アルゼンチンでおいて
自転車移動の価値を見いだせた気がする 笑
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といっても、高速道路生活は本当に退屈でこれ以外に楽しみがないくらい。
楽しみがない中での走行ほど精神的にきつい走行はないものだ。

2013年2月7日木曜日

空と海の孤島

『南米』と聞いてみんなが思い浮かぶキーワードはどこだろう。
天空の遺跡マチュピチュやイグアスの滝、ナスカの地上絵、ガラパゴス…
間違ってもペルー山間にあるネグロマヨの集落とか、キトの新市街にある餃子屋!なんてのを連想する人は
どう考えたっていない。(いるわけないか。。。)
たぶん、ほとんど多くの人が上に出た単語を浮かべるだろう。

イースター島もその一つだと思う。

イースター島といえばモアイ。モアイといえばイースター島。
これはおでんにはカラシ、焼き鳥にはビールぐらい切っても切り離せない関係にあると思う。

で、そのイースター島だが、僕の感想から言うと
イースター島はモアイにあらず!だ。

これは人によって感覚が違うので意見はそれぞれだが、 少なくとも僕はそう思った。
というのも、島唯一の村には至る所でお土産からモニュメントまでモアイのモチーフが溢れていて
はっきりいって本場に来たのに本物の有り難みがまるで感じられない。

村の反対側にある12体のモアイが並ぶ有名なトンガリキももともと倒されていたものを、わざわざ立て直したというし
すごく演出されている感が強い。
だいたいみんなが右向け右と言われた時に左を向くような僕の性格上、
定番中の定番スポットにバックパックで向かったのだから、心の底から楽しめるわけがないのだと、島に着いてから気付いた。
加えて、予定のフライトまで島を出れないという精神的にも立地的にも感じる閉塞感。
なんとかこれを打破すべく、レンタカーではなくレンタサイクルで島内を回った。

いつもとやってること変わらないじゃんという突っ込みはさておき、
地図を片手にいつもと違う自転車に跨ると不思議と新鮮だった。

空荷だから一漕ぎ一漕ぎで進みの伸びが違うし、段差や岩のある悪路にも躊躇なく突っ込めた。

そうやって島内に点在するモアイを回っていたのだが、それはどこかスタンプラリーのようでどこか味気ない。
そんなモアイよりも僕が心惹かれたのは海の色だった。

モアイとモアイを結ぶ道中にある何でもない海岸。
そこにある海に僕はしばし心奪われた。
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ちょうど曇り空が晴れて、13時過ぎという時間もあって太陽光線が目一杯海に差し込んだ。
まるでそれは海自身が喜びをもって輝いているようだった。
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浅瀬に向かうにつれ、青にグラデーションがかかり浜の近くで滑らかな乳白色へと色を変えていった。
それらは絶え間ない波のなかで止むことなく変化し続け、波は岩にぶつかり弾けた。
弾けて出来た細やかな水泡が再び水面に溶け落ち、やがてすぐに新たなグラデーションの波がやってきた。
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一連のサイクルに僕はただ口を開けて呆けて見るしか出来なかった。
イースター島の海がこんなにも綺麗だとは、全く知らなかった。
もっとも“綺麗”というのは色んな解釈があるようで、こんな風に透明度が高いということは
海中にプランクトンが少ない事を意味し、そうするとそれらを餌にしている魚たちが少ないということになるそうなのだ。
だからダイビングで潜ると海の透明度は楽しめても、魚群なんかは見れる確率が下がるのだそう。
そんなことを宿で一緒になった人が教えてくれた。

それでも、この感動の価値が下がるわけでもなし。

イースターは周囲数100kmに何もない絶海の孤島。
だから、雲もよく流れるし一日に何回も天気が変わった。
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自転車で島の反対側に出ると、再び崖で自転車が止まる。
既に夕暮れも迫り、色鮮やかな海の色彩は影を潜めていたが
岩礁にぶつかり果てる波の短い一生をひたすら眺めた。
一つ目の波が散り、あぁと感傷に浸る間もなく続けて2波目がやってくる。
果てなく続くサイクル。
意味があってもなくてもひたすらこのサイクルは続く。
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これほど海に夢中になったことがあっただろうか?
全く記憶がない。
小学生の頃は毎年新潟の海にキャンプに行っていたり、海と無縁の人生だったわけでもない。
ただどういうわけかそれほど惹かれる場所でもなかった。

ここが絶海の孤島だからだろうか。
一日の中でも絶えず移ろいゆく海の表情に、初めて海という存在を意識した気がする。
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とここまでひたすらこの島のロケーションについて、語ってきたわけだがやはりイースター島と言えばモアイかもしれない。
村の近くにあるモアイ像は毎日夕日を見に行った。
一番近いモアイで、ここから綺麗に夕日を望むモアイが見れるので、夕暮れ時は沢山のツーリストで溢れていた。
そこに混じって僕もサンセットを眺める。
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途方も無い悠久の時をこの地で過ごすモアイの気持ちは全く分かってこないが、
こうして日暮れの心配もせず、今日の寝床の心配もせずただ夕日を眺めることに没頭できる時間はいつ以来だったか。
あと数日後にはまた太陽と追いかけっこの日々が始まる。
ここで眺める夕日はさぞ、贅沢な時間に思えた。

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2013年2月5日火曜日

つくられたスタンダード

なんとも言えない感情が僕の中でぐるぐると混ざり合っていた。
正体が掴めそうで掴めず、もどかしい。

夜が明け切らない午前7時前、僕を含む大勢の観光客を乗せたLAN航空の機体はイースター島の滑走路に降り立った。
島の人口は4,000人程度で、恐らくほとんどの人は滅多に島外に出ることはないだろうから
飛行機の乗客はすべて観光客だろう。
思えば、こうして乗客全員が“観光”という共通目的を持っている飛行機は初めてだったし、
ある種の高揚感のようなものが入国審査待ちの長蛇の列から発せられていた。

僕と目すら合わせない無愛想な入国審査官からすんなりチリ再入国のスタンプを貰い、
空港の外に出るとそこにはたくさんのホテルに客引きが。
『Do you have reservation?』
客引きたちはみな、英語で僕に声を掛けてきた。

ホテルを決めてきたわけではないので、一応聞いてみるとどれも高い。
ガイドブックに載っている宿の方が安そうだったので、そちらに行こうとタクシーを探して値段を聞くと
『15ドルだ』
完全にふっかけてきた値段。まぁそれはいい。
ドルってここはチリじゃないのかよ。

結局大した距離じゃないので歩いて宿を目指した。

目的の宿について値段を聞くとガイドブックに記載されていた値段より多少値上がりしているものの
この辺の相場よりは安い。
一応、ここに着くまで、安宿を何件か当たって相場を聞いておいたのだ。

宿にチェックインして荷物を置いた後、街のメインストリートをぶらぶらと散歩。
島の観光ポイントは村の反対側にあるものがほとんどなので、大抵はレンタカーかレンタバイクで回ることになる。
その辺の相場もいくらぐらいか知っておきたかったので、ツアー会社を何件か当たってみた。

そうすると、同じような観光客もいて彼らは開口一番『Can you speak English?』と英語で尋ねていた。
このあたりのツアー関係者は英語を話す人がほとんど。
自分が拙いスペイン語で尋ねると返答は英語で返って来た。

スーパーで買物をした。
レジのおじさんは何も言わずレシートの金額を示す部分を指さした。
この数字の金額を出してくれと。
多くの日本人が母国語以外の言語が不自由な状態でこの島にやってくるからだろう。
おじさんの取った行動は彼にとっても、僕らにとっても互いに合理的な方法だと思う。
別にぶっきらぼうだなとか失礼なやつだとも思わない。
けれど、

寂しいなと思った。

田舎を旅していると、当たり前だが英語で返事が返ってくることはまずない。
だから、こちらも拙いスペイン語を使って、身振り手振りを使って伝えようとする。
聞き手の方も、こちらの意図を読もうと一生懸命に聞こうとしてくれる。
時々、ちゃんと伝えたいことが伝わらなかったりするけど、
互いに向き合って分かり合おうとする雰囲気が好きだった。

だけど、ここではそんなコミュニケーションが(ほとんど)存在しない。
互いが互いにとって合理的に済むような方法でコミュニケーションがとられる。
数字や英語、ドルといった世界のデファクトスタンダードたる基準のもので事が済まされてしまう。

何一つ不自由なく旅行が進んでいくことは間違いなくいい事だけれど、
その国や地方のローカル性すら失ってまで、目指す場所なのだろうかとも思う。

旅行って土地土地の固有の文化や自然、食事や風俗そういったものを体感する手段の一つと思うのだが
これでは、ローカル性とは真逆の均質化した世界に進んでいっているような気がする。

インターネットが登場したことで、旅は格段にしやすくなった。
鮮度の高い情報が簡単に手に入り、友人家族との連絡も取れるし、自らの情報発信も容易だ。

今時旅の情報はガイドブックではなく、誰かのブログやサイトを参照するのが普通になっている。
そこにはガイドブックには載らない(載せれない)ようなディープな情報もあったりする。

例えば他の旅行者と話をしているとき、どこに行っただとかどこに泊まっただとかの話になる。

例えば僕が◯◯に泊まったとか言うと
『ブログ見てないんですか?あそこの評判悪いですよ』
◯◯に行ったとか言うと
『そこで泥棒にあったってブログに書いてありましたよ』
と返されることがある。

なんとゆうか。

人それぞれの旅行なので、僕がとやかく言うことではないのだが
ネットの普及で情報は昔よりたくさん溢れているはずなのに、旅のルートややり方は一層狭くなっているように感じる。
ガイドブックは読み手にある程度の選択肢を与えてくれるが
ネット上で人気のブログ記事だったりすると、あたかもそれ以外の解はないように思わせることがある。
それを模倣するかのように、読者は同じ宿に泊まり、同じレストランで同じ物を食べる。
同じ時間に同じコースを観光し、同じポイントで同じ構図の同じ写真を撮る。

せっかく、異文化体験をしに旅行に出ているのにネットで得た情報を復習しているだけに感じてしまう。
自分の中にある未知や好奇心に従うことが難しくなった時代になりつつあるのかもしれない。

やっぱりそれは寂しいなと思った。

旅行なんて自分の稼いだお金でする遊びなんだから、情報に振り回されず、もっと好きなところに行けばいいと思う。
僕が自転車に乗っている理由の一つだって、他の誰とも違うところに行きたいと思うからだ。



島全体が1つの完成されたパッケージに向かっていく様を目の当たりにして
色んな感情がぐるぐると頭の中を駆け巡った。

部屋に戻ってPCをつけて自転車旅の、恐らくこの島にいる観光客の99%が無縁の土地の写真を取り出して
眺めていると妙に落ち着きを感じてしまった。

ここは自分の居場所じゃないのかもしれない。

そう思うと、サンチアゴに置いてきてしまった自転車が一層恋しくなった。