2013年3月15日金曜日

淡々と雨の中

ミルタ谷を出発し、再びラフンタをかすめ、自転車はアウストラル街道を進んでいく。
DSC00223_RDSC00220_R40km少々先のプユワピで本格的な雨に捕まり、2日間停滞するも、天候は回復せず。
プユワピの先に峠があり、そこを越えると天候もだいぶ変わるはずという
宏一さんからの助言があったのでそれを信じて出発。

一応、手袋や靴などすべてゴアテックスの入った防水仕様なのだが、いかに優れた防水素材といえど
濡れるときは濡れる。
1日限りの走行なら多少濡れても問題はないのかもしれないが
僕の場合明日も、明々後日も旅は続く。
いかに乾いた装備を運べるかが大事なのだ。
そこで編み出した足元の雨対策はこちら。
DSC00238_R
もう足元は濡れるのを前提にしてサンダルINビニール袋。
ビニールは防水と言うよりも、10℃を切る雨天の気温対策。
見た目はともかく、下手に靴で乗るより快適(脱いだ後のニオイはアレだが…)

この辺は年間を通して雨が多い。
大雑把に説明すると、チリ・アルゼンチンに跨るアンデス山脈に偏西風で運ばれた
雲がぶつかって雨が降るからだそう。

そんな雨が多い地域だから、植物もこんなに育つ。
DSC00227_RDSC00230_R
トトロがバス停で雨傘代わりに使っていたような大きさの葉っぱ。
葉っぱもそうだし、茎も手首ほどの太さがあった。

街道沿いにはそこら中に滝が溢れている。
DSC00243_RDSC00246_R
この辺りはフィヨルドになっていて、一応海なんだけど、まるで海に見えない。
DSC00256_R
霧がかって雰囲気ある樹木。
DSC00260_R
苔むす岩。
DSC00263_R
晴れたらさぞテンション上がるんだろうな。このあたり。
DSC00272_RDSC00277_R思いがけず舗装路復活。
DSC00284_R
舗装路に変わる瞬間は何度やっても、その転がりの滑らかさに驚く。
ひらけた川沿いに舗装路が続く道だったのだが、
個人的には舗装路になった途端、魔法が解けたかのように景色が淡々と流れた。
天気のせいもあると思うけど、道の凸凹も含めて全身で風景を体感してるかどうかの差なのかな。
DSC00285_R
屋根付きのキャンプ場を発見し、そこで一晩。
荷物をかわかせるだけで有難い。
テントを出すのが億劫でテーブルに寝袋を敷いてそのまま寝た。
DSC00291_R

2013年3月13日水曜日

物語の続き

結局、僕がラフンタに到着し、ミルタ谷で過ごした数日で晴れた日はなかった。
山を降りる日も相変わらずぐずついた空模様。
雨の切れ間を狙って下山することにした。

カンポの小屋で亜衣さん、一心くん、幹太くんとお別れをする。
亜衣さんがおみやげに手作りのスコーンを持たせてくれた。

宏一さんは僕を見送りに麓の小屋まで見送りにきてくれることに。
荷揚げで何度となく、往復したこの山道もこれで最後。
足幅1つ分しかないか細い橋も、足首までずっぽり埋まってしまう泥んこ道も
最初に比べればだいぶ軽やかに歩けるようになった。

でも、前をゆく宏一さんの足取りにはまだまだ及ばない。
テクテクとまるで何事もないように歩く宏一さんの背中を追いかけて僕も足取りを早めた。

あっという間に降りきって、麓の小屋に着いた。
土砂降りの中、ここに着いた初日が懐かしい。
濡れてサビの侵食が進んだ自転車のチェーンが、この数日降り続いた雨の長さを物語っている。

自転車に荷物をセッティングし、出発準備をする。
いっそのことここで大雨が降れば、出発を取りやめれるのに。
けれど、グレー色の空はすんでのところで持ちこたえ、
僕の荷物も慣れた手つきであっという間に自転車に取り付けられた。

お別れの時はいつも最後をどう切り出したらいいのか、困る。
もっと聞きたいことや、話したいことが今更になって溢れてくる。

過ぎた時間は取り戻せないことなど、わかっているはずなのに
なぜか僕は、この時間を引き延ばそうと無駄に準備体操や荷物のチェックなどをしていた。

もたもたしている僕に宏一さんが
『ここがパタゴニアの自分の家だと思ってさ、いつでも戻ってきていいからね』
そう言ってくれた。

本当にたまたまの偶然が重なって出会い過ごした数日間。
“地球上のどこででも生きていける人間”を目指して旅に出た宏一さんの半生は
彼の著書に納められている。
本に載っていない、その後の中渓家の物語の続きを今回見ることが出来た。

現代文明と適度に折り合いをつけて、
その分知恵を絞って生きていくことにした中渓家の未来は
いったいこの地にどんな花を咲かせるのだろうか。

今からそれがとても楽しみだ。
それを見に必ず戻ってきたいと思う。

ありがとうございました。

2013年3月11日月曜日

ミルタ谷の仙人風呂

雨中の山入りとなった前日。
夜半過ぎには、叩きつける雨ともに風当たりも強まり、嵐となった。
木造小屋を覆うトタンがギィギィと激しく軋み、時折ギギギッと語調を強めた。
その音に気がついて目が覚めると、嵐の行方が気になって寝るに寝れなかった。
この小屋ごとかっさらっていきそうなかんじだ。
突然、バタンッ!という音がし、風が室内に舞い込んだ。
風によって入り口の扉が開かれてしまっている。
扉を閉めに、布団から這い出る。
外を見ると、この小屋をぐるりと囲む山のシルエットがもやの向こう側に不気味に浮かび上がった。

今朝になると、当たりは落ち着きを取り戻し、
ここ最近ではおなじみとなった曇り空が何事もなかったかのようにどんより広がっている。

おはよう、と宏一さんが起きてきた。
そうして
『昨日の風はすごかったねぇー!こんなの初めてだよ!あつしくんもすごい時に来たねー!』
とあっけらかんと笑う。
なんだか僕も、こんなタイミングでここを訪ねたことが可笑しくなってきて笑う。
外は小降りの雨だけれど、宏一さんは早速薪割りに外へ。
亜衣さんはストーブで朝食の準備。
子供たちは朝から元気にレゴブロックで遊んでいる。
DSC00213
DSC00149
電気のない暮らしって、現代文明にどっぷり漬かってしまっている僕にとってなかなか想像がつかなかった。
そりゃあ自転車で何もないところを走っていると、キャンプ生活をすることだってあるけれど
それは刹那的だし、意識的に“我慢”を伴うオフラインライフだ。
中渓家のそれは、ずっと続いていくものだから、我慢というよりは“割り切り”という捉え方のような気がする。
そして、現代文明から離れることは人が営みをしていく上で、それほど大きな問題ではないのかもしれない。
この地で1年半以上暮らしてきたこの家族の、とりわけ一心くんと幹太くんの屈託の無い笑顔を見てるとそう思う。
二人がこれからどんな大人になっていくのか今からとても楽しみだ。

すっかり朝のお馴染みとなった亜衣さん特製パンとコーヒーを啜った後は、一仕事。
また麓まで下りて、食料の荷揚げだ。
僕もお世話になっている身なので、これぐらいは役にたたなければ。

宏一さんと一緒に山を降りる。
相変わらず宏一さんは話の引き出し方が上手で、つい僕は自分の話に夢中になる。
昨日に比べれば、だいぶ雨脚も弱ってきたので、周りの景色を見る余裕がある。

ずぶずぶのマッディなトレイルの周りを取り囲む木々の幹にはコケがびっしりと着床している。
倒木や、切られた木立から、新しい命が芽吹き力強い緑色を放っていた。
絶えず降り続く雨がこの豊穣な森を育んでいるのだ。
DSC00184
DSC00187
DSC00190DSC00191
『パタゴニアのトレッキングはもうここで十分なんじゃない?』
なんておどける宏一さん。

荷揚げを2往復し、やっとすべての荷物を運び上げることが出来た。
普段は、これを一人で4、5日かけてやるというのでいかに大変なことかが分かる。

荷揚げを終える頃にはすっかり午後もいい時間に。

『じゃあ、今からお風呂を準備するね』
そう、この中渓家が暮らすミルタ谷にはお風呂があるのだ。
小屋のある丘を少し下ったところにある清流のほとりにドンと置かれたドラム缶。
これももともと、宏一さんが麓から担いで(!!)持ってきたものだそうだ。

これが中渓家の通称『仙人風呂』である。
名称の由来は、僕のようにここに遊びに来て、ドラム缶風呂設置を手伝った宏一さんの友人の
ニックネームが『仙人』と呼ばれていたからだそう。
文字通り仙人のように長い髭を蓄えているのだとか(会ってみたいなぁ)

ドラム缶の下に焚き火を起こし、水を温める。
ほとんどの準備を宏一さんがやってくれた。
そしてお言葉に甘えて、一番風呂をいただくことに。

ドラム缶の縁に足をかけて、そっと入る。
するすると体がドラム缶の中に引き込まれた。

直火で熱くないか心配だったが、足元に敷かれた厚手の木蓋のお陰で問題なし。

焚き火はなお燃え続けているので、入るほどに体がぽかぽかとまるでお湯に溶けるように馴染んでいく。
直火っていうのがいいのかな。
ガスで沸かした湯とはまた違った温さが体全体に染み渡っていくのを感じる。
DSC00206
パチパチと足元で燃える炎とモクモク立ち昇る煙、脇の小川をカラカラ流れる清水。
いまここにあるものが全て、そう思えるようなこれ以上無い贅沢な空間にしばし酔いしれた。

体がだいぶ温まったところで、宏一さんに伝授された仙人風呂のとっておきの入り方をしてみる。
それは、小川で冷たい水をかぶって、仙人風呂にドボン!という入り方。

温まった体でも、水をかぶるのは相当の勇気がいったが、意を決してザブンと水をかぶる。
冷たい!と思うまもなく、ドラム缶へドボン!
一瞬で冷えた体が、またぽかぽか温まっていく心地よさは、まさに仙人の夢見心地だった。

気持ち、、、いい~!

思わずため息が漏れる仙人風呂。

きっとこのお風呂の入り方も、お湯の温さや水の冷たさを本当の意味で知っていなければ出来ないだろうなと思う。
とかく、僕らは快適な方に流されがちだ。
寒いところにいるのだから、ずっと温かいところにいたい、お風呂から上がりたくない。
そこであえて正反対のチョイスをしてみる(それが難しいのだけれども)
ギャップが大きければ大きいほど、きっとたくさんの発見があるのだと思う。

お湯の温かさも、水の冷たさも教えてくれる仙人風呂。
勉強になりました。

2013年3月9日土曜日

土砂降りの帰宅道

カンポに向かう日は相変わらずの空模様だった。

午後の出発予定なので午前中はいつもと変わらぬ時間を過ごす。
子供たちもいつものように宏一さんの乗る自転車に付けられたトレーラーで幼稚園に向かっていった。

雨がひどかったら、出発は取りやめようかなんて話していると
たちまちキャビンの外は激しい土砂降りに見舞われた。

キャビンの窓からは、ラフンタの水源となっている滝が見えるのだが、
その滝がいつにも増して勢い良く流れ落ちていた。

『こりゃあ今日は延期かぁ』
そう宏一さんが残念そうにボヤくと雨脚が弱まってくる。
『いけるかー??』
しかし、一時間ほどでまた雨が強くなる。

宏一さんは厳しいかなーなんて呟きつつも、
『あ!なんか空が明るくなってきたぞ!』
と必死に今日行くための理由を探している。

『ねぇ、行けちゃうんじゃないの、亜衣ちゃん!』

「もう!どっちしたって今日行くんでしょー!」

早く山に戻りたくってそわそわしている宏一さんと、
宏一さんを信頼し、彼の行く道を一緒に歩いてきた亜衣さん。
そんな二人のやり取りが見ていて、微笑ましくも憧れのような気持ちを覚えた。

雨は止むことはなかったが、これ以上強まることはないと判断し出発することに。
村から20km離れたカンポの入り口までは村の人の運転するピックアップに乗せていってもらう。
帰りは僕は一人で下山することになるので、自転車も載せてもらう。
自転車とこれから4人家族3週間分の食料を積むと荷台はあっという間にいっぱいになった。

ドロドロの道をガタゴト進み、20km地点までやってきた。
とここで誤算が。
中渓家の暮らす山小屋は巨大な牧場の中にあり、牧場を横切って入っていく必要があるのだが
今回に限って牧場の入口に鍵が締まっていた。

普段ならここから300mほど離れた麓の小屋に一時的に荷物をデポし
それを数日かけて荷揚げしていくそうだが、
今回はその300m先の小屋までも荷物を運ぶ必要がある。

おまけにここに来て雨が再び本降りになってきた。
考える時間の間に荷物が濡れてしまうので、僕と宏一さんで手分けして小屋へと運んだ。
4往復ほどで運び終えたものの、これはまだ前哨戦でやっといつものスタートに立ったばかり。
なのにだいぶ僕は体力を消耗している。

この先は1.5kmほどの山道が待っていて、ひざ下まで埋もれるどろんこ道が待っているという。

大丈夫かな。

若干不安はあったものの、ここまで来た以上引き返すことは出来ない。
自分の荷物を肩から下げて、小屋を目指した。

林木の伐採場を抜けると本格的な森に入った。
そしてキャビンにいた時からさんざん脅かされ続けてきたどろんこ道が始まった。
僕は長靴を持っていなかったので、濡れてもいいようにサンダルで突入。

一歩目からズブズブと黒く粘土質の泥に吸い込まれた。
ひざ下までというのは大袈裟な話だが、足首まで楽に埋もれた。

一歩一歩に力を込めないと足が抜けない。

後ろの方からは「はまっちゃったー!」と亜衣さんの声が。
振り返ると、本当にひざ下までズブリと埋まって身動きが取れなくなっていた。
『亜衣ちゃんがんばってー!』
となりで一心くんが叫ぶ。
弟の幹太くんこそ亜衣さんがおぶっているが、一心くんは自力でこのマッディなトレイルを歩いている。
凍えるような雨に打たれてもじっと我慢する幹太くんだってすごい。
本当に大したものだ。

ただ単に“家に帰る”だけなのに、そんな行為がこんなに過酷だとは。
ただ振り返ってみれば、一昔前までは天気が崩れれば、日本だって同じようなことになっていた地域だってあるはずだ。

泥んこの森を抜けると、視界が開けた平原に出た。
とはいっても引き続き道は油断ならず。
足の幅一本分のか細い橋、倒木の遮る道を何度も超えて、やがて中渓家の現在の居住地の小屋が見えた。
やっとの思いで小屋に滑りこむ。

『いやあ,こんな土砂降りの山入りは初めてだったよ』
と宏一さんが笑う。
なんだか僕もこの状況が可笑しくなってきた。
子供たちも「カンポに着いたー!」と大喜びだ。

電気も通ってないし、隣人だって数km先?というような場所だけれど、この土地は彼らにとってかけがえのない“我が家”なのだ。
こうやって苦労して帰る家だからこそ、家がある喜びを噛み締めることが出来るのかもしれない。

僕も安堵したいところだったが、ここでもう一仕事。
食料を運んでこないと食べる物がない。

僕と宏一さんでザックを背負って、麓にデポしてきた食料を取りに来た道を戻った。
行きは小一時間かかった道も戻りは30分もかからず下りてこれた。

60Lほどのザックに食料をありったけ詰めて再び山小屋を目指した。

再び泥んこ道を歩いていると、歩いた場所が悪かったのか、思い切りずぶりとハマッてしまった。
力任せに足を抜こうとしたらサンダルのソールが剥がれてしまった。

その後なんとか脱出出来たものの、壊れた山道をサンダルの唯一生き残った部分のつま先だけで
歩かねばならず、なかなかに大変だった。
だから、再び山小屋が見えたときは、最初に到着した時よりも感動した。
小屋の前で宏一さんとがっちり握手。

家に入ると、亜衣さんが薪ストーブをガンガンに焚いてくれていて、
手持ちの食材で食事の準備もしてくれていた。
濡れた衣類を着替えて夕食を撮り終える頃には闇夜がすぐそこまで迫ってきた。
蝋燭を焚いて、寝る準備をする。
するといってもほとんど亜衣さんがやってくれ、布団まで出してくれた。
この布団だって、あの山道を担いで持ってきたそうだ。

気がつくと体が随分と疲れていた。
心なしか熱も少しあるようだ。

これ使ってよ、と亜衣さんが薪ストーブで沸かしたお湯で湯たんぽを作ってくれた。
調理をし、洗濯物を乾かし、暖をとるこの小屋に限らず、電気のあるような家庭であっても薪ストーブは未だに暮らしの中心だ。
調理をし、洗濯物を乾かし、暖をとる。
バチバチと薪が爆ぜた音は何よりも力強く、
空気をつたって柔らかくなった炎がじんわり体の中へ溶け、心地いい。

いつしか、深い眠りへと誘われた。
DSC00147DSC00151