2013年6月20日木曜日

ダデス~トドラまで

ダデスの街からティネリールまでの約50kmは完璧なまでにフラットな道だった。
おまけに朝から吹く追い風も手伝って、僅か1時間半ほどで走りきった。
ここから幹線道路を外れて、アトラス山脈を削りだして作られた渓谷地帯へ。
このあたりの渓谷地帯は先のダデスも含めて景勝地になっていて欧州のツーリストに人気が高い。
僕はこの先にあるトドラ渓谷を目指した。

ティネリールの裏山のようになっている一山を越えると、途端に眼下に緑が飛び込んできた。
不毛の大地における緑のコントラストはとても刺激的。
このあたりはアトラス山脈の雪解け水が流れ出るエリアなのだ。
川沿いに集落が続き、奥へ入り込むに連れて切りだされた渓谷が深くなっていく。

最も渓谷が深くなるあたりがトドラ渓谷と呼ばれていて、その手前に位置するところに
目的の宿アーモンドを発見し、投宿。

ここをしばし拠点にし、サハラ砂漠観光に出かける予定。
DSC02906_RDSC02909_RDSC02910_RDSC02912_RDSCN0714_RDSCN0719_RDSCN0723_RDSCN0729_R

2013年6月18日火曜日

カスバ街道の道すがら

ワルザザートは、これといって何もない街だった。

アトラス山脈の南に位置し、主要幹線の走る位置関係から、
ここより以南に広がるサハラ観光の玄関口になっていて、
郊外にはアラビアのロレンスなどに使われた映画スタジオがあったりと
何もないは言いすぎかもしれないが、少なくとも僕にとって何も無い街だった。
DSCN0647_R
スークの先の広場の角にあるホテルは、
この年中太陽にさらされているこの土地にあって日当たりも悪く
誰かが詰まらせたモロッコ式トイレ、5分ほどのぬるま湯の後に冷たくなるシャワーと
決して居心地のいい宿とは言えないのだが、1日の延泊も含めて最終的に3泊。
居心地よりも、この腹の調子を整えることのほうが急務であった。

幸いにして体調は快方に向かい、毎夕肌寒くなりはじめる頃に広場を散歩し
砂漠の彼方に沈む見事な夕日を見て過ごした。
DSCN0644_RDSCN0648_RDSCN0659_RDSCN0652_R
商人たちの絡みも控えめで、マラケシュに比べると落ち着き払った街の雰囲気は
モロッコに来て初めてゆっくりできた時間だったかもしれない。

ワルザザートを出て一路西へ向かった。
DSC02881_RDSC02883_RDSCN0672_R
わずかに緑の見えた土地もひとたび郊外へ足を延ばすと、乾いた大地が延々と続いていた。
そんな土に紛れて、地図にないいくつもの土壁の集落があった。
この辺りはカスバ街道と呼ばれていて、アラブ人から逃れてきたベルベル人が
カスバと呼ばれる要塞に跡地が点在する街道だそう。
DSC02885_RDSCN0675_R
アトラス山中でもそうだったが、モロッコの人口分布はかなり薄く広い。
どうやって、こんな場所で暮らしていけるのか疑問に思いながらも、
その疑問を晴らすコミュニケーションの術を持たない僕はただただそこを通り過ぎるだけだった。

途中、パトリックというロンドンから来たサイクリストが後ろから追いついてきて、一緒にペアランした。
DSCN0676_R
彼は小さなデイパックにロードバイクという軽装でモロッコを回っている。
ロードバイクだと距離が伸びるので、キャンプの心配もなく宿のある街まで走れる。
モロッコは特に道沿いのカフェが充実しているので、このような軽装でも問題なく走れるのだ。

海外ツーリング、というとキャンプ道具やコンロを積んで…とイメージされがちだが
それはパタゴニアやアンデスの極端に人口密度が低い場所だからこそ必須になるだけで
世界的に見れば、(幹線道路を走る限り)そのような過疎地域はそうそうないように思われる。
なぜならば、車が走っている通りであれば、ガソリンの補給の面で100km~150kmに一つは
最低限ガソリンスタンドがあるし、それに付随したカフェやレストラン、売店のようなサービスは大概ある。
もしなければ、スタンドの兄ちゃんに無理言って水を分けてもらうことも出来る。

だから重装備の自転車ツーリングというのは実は大抵は不必要なものの塊だ。
ただ、半年を越えるツーリングとなると暑いところ、寒いところ、経年劣化や故障といったトラブルに
対処するための装備としてあの荷物量が必要になる。
長い旅となると、かかるお金もそれなりのものになるであろうから、経済性を考えて毎晩ホテルで、
というわけにもいかない。

だいぶ話が膨らんでしまったが、つまるところ短期の海外ツーリングで言えば、
それほど敷居は高くないということ。
1週間~2週間の旅であれば、それこそ彼のようにデイパック一つで足りるだろう。
すでに自転車を持っている人は、短期海外ツーリングの準備はほぼ出来ているといってもいい。

そう言いつつも、まぁ走り方は人それぞれでどこに重点をおくかで荷物量は変わってくるだろうから
一概に言えない部分もあるのかもしれないが、
本国イギリスと変わらないであろう荷物で
軽やかに異国の地を疾駆するパトリックの姿を見て、僕自身が羨ましく感じたことだったので
もし、海外ツーリングに興味を持っていて偶然にこの駄文を読んでいる人がいれば、と思ったので書き連ねた。

日がすっかり昇ったカスバ街道は気温こそ暑いが、乾燥した地域なので走りやすい。
集落にわずかに生えている木々の影に入って休憩すれば、とても涼しい。
道中、彼のペースに合わせて…とは言わないが僕も彼につられて時速30kmで走った。
彼とは色んなジャンルの話をしたが(何と僕の勤めていた会社のことも知っていた)
やはり一番盛り上がったのは各々の旅行話だ。

でも、たくさん旅行してきた中でも、パトリックはロンドンが一番好きだという。
なんで?と尋ねると、生まれた場所だからねと言った。

ちゃんと自分の心根を下ろす場所を知ってるんだなと思った。
ロンドンは行ったことがないので分からないが、まぁ都会的な場所だろう。
そこに友人や家族がいて、たくさんの思い出がある。

どこが一番?と訊かれて故郷と答えれる人ってどのくらいいるのだろう。
自分の場合は、あの景色が、この道が~なんてのはいくらでも答えれるけど
心根を下ろせる場所と言ったらいったいどこなんだろう。

すぐには出てこない。

色んなものを見てみたいという思いで、出てきている旅行なので
今すぐにその答えを求めるのは早計なのかもしれにあが。

日本は古来ジパング、日の出る国と呼ばれていたのに対し、
モロッコはマグレブ、日の沈む国と呼ばれるそうだ。

その日、パトリックと別れて、一人取った丘の上のホテルで眺める夕日は
どういうわけか異国にいる、と強く思わせた。
DSC02891_RDSC02893_RDSC02895_RDSC02903_R

2013年6月16日日曜日

腹痛アトラス越え道中

タイミングの悪いことにヘトヘトでベッドに倒れ込んだ夜には、持病から来る腹痛と悪寒に襲われた。
この半年以上、体の調子がよくて薬も一切飲んでいなかったのだが、ここにきて発病。
夜中は、たまに来る悪寒と吐き気のウェーブにひたすら堪える時間だった。
朝になっても一向に良くならず、結局10時頃までベッドにうずくまった。

なんとか出発の体裁を整え、自転車に跨る。
DSCN0556_R
登り坂で足に負荷がかかる分、腹痛が多少紛れる。
ここから登り一辺倒かと思ったらアップダウンのある谷沿いを行く道だった。
この道の峠が2,260mあると知っていたので、数字が思うように進まない高度計を見つつイライラ。
この山道にあって突然、現れるモロッカンがしつこく石を売ってきたり、
子供たちが500mくらい走って“お金頂戴”と追いかけてくるのにもだいぶ参った。
一人の子供は僕の荷物をすれ違いざまに取ろうとした。
体調が万全なら、笑い飛ばせるのだろうけど、この状況では精神的にも体力的にもかなりきつかった。
DSCN0563_RDSC02847_R
時折、すれ違う人々が僕に”サヴァー?(大丈夫?)”と尋ねてくるが
言葉の持ち合わせのない僕は“サヴァー(元気だよ)”と答えることしか出来なかった。
DSCN0570_R
昼に寄ったレストランで頼んだタジンも数口手につけただけで、もう喉を通らず。
そこから本格的なつづら折れに再突入したのだけれど、苦しいとかつらいよりも
ひどくボーっとした感覚のまま、たらたらと登った。
DSCN0575_R
後で写真で見返すと素晴らしい山岳風景が広がっていたのが惜しまれる。
DSC02852_R
DSCN0586_R
峠には土産物屋や陶器屋、石屋がいくつか立ち並ぶちょっとした観光地だった。
少し飲み物でも飲んで一息入れたいところだったけれど、僕を見るやいなや“ミルダケミルダケ”と
声がかかる、この場所で落ち着いて休憩どころではなかった。
全くもってモロッコの商人たちの商魂たくましさには恐れ入ってしまう。
ただ言っておくと、モロッコ人に辟易しているわけではなく、
あくまで自分の体調の悪さで楽しめていないだけである。

体調が万全だったらここも楽しめたはず。

峠を越えた先にある分岐で下道に逸れた。
下道に入った途端に道はがたつきの目立つ1車線になり、交通量もぐっと減った。

その日はそこから8kmいったところにある宿にベッドを取った。
DSCN0587_R
翌日は1車線の下道を本格走行となったが、広がる景色は前日よりも素晴らしかった。
険しい谷を縫うような迫力のある道があったかと思えば、
ダイナミックに広がる渓谷にそって下る道。
不毛の大地に見えるこの地域も谷底に目をやると、川にそって緑が溢れている。
地図には載っていないが、実際には切れ間なく集落が続き、土壁の家々は主張するわけでもなく
あたりの景色と馴染んでいる。
DSC02861_RDSCN0598_RDSCN0600_RDSCN0601_RDSC02865_RDSCN0610_RDSC02868_R
商魂たくましいモロッコ人は(たまたま会わなかっただけかも)ここにはおらず、
通りゆく僕を見るとはにかみながら手を振ってきたり、休憩中、地べたに座る僕に
そっとイスを差し出してくれたりした。

DSC02873_RDSCN0621_Rそんなさり気ないモロッコ人の気質を垣間見れたかと思えば、再び元の日常を取り戻す。
この道の途中にはアイト・ベン・ハッドゥと呼ばれる世界遺産に指定されるベルベル人の要塞都市があった。
そこのエリアに入るやいなや“ニホンジン?!”“チョットマッテ ホテルホテル!”といった声がかかってくる。
休憩していても絨毯売りがやってきたり、自転車交換しようと分けの分からん交渉をしてくる輩もいて疲れた。
遺跡観光も早々に切り上げ、30km先の都市ワルザザートへ自転車を走らせた。
DSC02876_RDSCN0633_RDSCN0634_RDSC02879_RDSCN0637_RDSCN0645_R

2013年6月14日金曜日

レベル1からの再出発

マラケシュ出発の朝の空模様は、晴れ予報にも関わらずどんよりとした曇り空。
ただでさえ、まだ気持ちが乗ってこない自転車走行の初っ端からやる気をそがれる空模様だけれど
炎天下の太陽の下を走るよりはいくらかマシかもしれない。
前日にパッキングした荷物を自転車に取り付けていると、リョウセイ・サトコさんも起きてきた。
程なくして、準備完了。
前日、出発したようこ&ひろペアの時と同じように宿の前で記念撮影をし、再会を約束し出発。
DSCN0535_R
メキシコシティで別れた時は、次はグアテマラあたりでなんて言っていて、
結局ここまでズレてしまってるので次に会えるのはどこになるか分からないが,
まぁ会えるときは、またすぐ会えるだろう。

二人の振る手を背に受けて細い路地を走りだした。
このまま、さっと走り出したら絵になるのだろうけど、角を曲がってすぐに現れるは階段状の路地。
そそくさと自転車を降りて持ち上げて渡る。
二人の見える場所じゃなくてよかったーと胸を撫で下ろしつつ、
昨日のようこ&ヒロもこんな風に見送りのあとここで自転車を降りてるんだなと想像すると笑えてくる。
自転車乗りは影でこんなシュールなことになっているのだ。

さて、マラケシュから郊外へ抜け、ワルザザート方面に抜ける道は
渋滞もけたたましいクラクションの嵐に巻き込まれるでもなくスムーズに流れた。
DSC02820_R標識。読めない。。。
DSCN0540_RDSC02826_RDSC02827_RDSC02828_R
街中といえど、猛スピードで車が駆け抜けるブラジルからすると、それは雲泥の差。
路上の人々もメディナにいた人に比べるとだいぶ落ち着いた。
まぁ、モロッコ国民全員があのメディナにいる商人たちのようだったら、ちょっとうざすぎるよな。

しばらく走ってワルザザート方面へ抜ける分岐に差し掛かると、道は片側1車線の路肩なしになった。
交通量も多いと、事前に聞いていた道だったが、ドライバーもマナーが良く、
大きくはみ出して追い抜いてくれたり、ププッと後ろから軽く合図を出してくれたりした。

右手にアトラス山脈のシルエットが霞がかってぼんやりと見える。
DSC02831_RDSC02834_R
飛行機で上から見た時もそうだったが、山脈部だけが、この平野にドン!と居座っている。
このアトラス山系は東西に2400kmの全長を持ち、
この山が北側の肥沃な大地と南の乾燥した砂漠地帯を分かつ隔壁になっているそうだが
これを見るとなるほど納得と思える盛り上がりを見せている。
これを今から越えていくわけですが…。

戦の前に、腹ごしらえってことで街道沿いのレストランで腹ごしらえ。
レストランはタジン一択のみ。
日本人にはどこか馴染みのある味付けだから、まずくはないんだけど、
この先もこればかりだったらちょっと飽きるよなーと早くも少し心配になる。
DSCN0543_Rそこから一気に山岳地帯へと突入し、標高を稼いでいく。
山岳風景とは程遠い緑が生い茂る大地は、どこかコロンビアアンデスを思い出させる。
しかし、よく見るとその緑を演出しているのはウチワサボテンだったり、ナツメヤシだったりと
ここがもう南米では無いことを今更ながら再び僕に突きつけてくる。
DSCN0546_RDSC02836_Rまだ緑の多い景色とは裏腹に道はしっかりぐいぐいとつづらに折れて標高を稼いでいく。
見た目にも体感的にも傾斜はきつくはない。
が、なぜかスピードが思うように上がらなかった。
息の乱れも、僕がイメージする南米を走っていた頃の自分とは大きく異なっている。
終いには、50kmほど走ったところで、太ももがピリッと攣ってしまった。
まだ標高も1000mちょっと。
マラケシュが450mほどなので600mぐyらいしか上っていない。
なんという体たらくっぷり。

パタゴニアを走り終えて約40日。
その間、パラグアイを少し走ったりもしたが基本的にはほとんど運動らしい運動をせずにいた。
おまけにアルゼンチンでは毎食肉を400g~500gと米をたらふく食べていたので、
体が重くなるのは自明の理なのだ。

イメージと現実のギャップというものは残酷だ。
一度出来上がった自分のチャリダーとしての自信が走行1日目にして粉々に打ち砕かれた。

攣った両足で息も絶え絶えに自転車を押していた。

休憩に入ったカフェでは、店員のモロッカンが釣りをごまかそうとして
あからさまに気まずそうな顔で僕にちょろまかしたお釣りを渡してきたのだが
それを指摘する体力も残っていなかった。

マラケシュを出る朝は、今日はどこかでキャンプでもいいかなと思っていたのだが
この頃にはホテル!ホテル!!何が何でも今日はベッドで寝る!!!
という気持ちだった。
走行時間5時間、約70km走った坂の途中で何とかホテルを見つけ、
崩れ落ちるように流れこむ。
もはや値段も、宿の質もどうでもよかった。

ただただ僕はハゲシク疲れてしまったのだ。

午後4時半、就寝。。。
DSC02839_Rこの辺りは見晴らしの良い崖側に突き出た家やカフェが多い。
DSC02841_RDSCN0554_R