夜明け前。
足元から伝わってくる若干の冷気で目が覚めた。
テントの生地はバキバキに凍った氷が張っている。
昨日の夜、テント内で炊いたろうそくと僕の呼気などから発生した結露が夜の冷え込みで凍ったものだった。
恐る恐るジッパーを明け外へ。
雪は積もっていなかった。
よかった。
これなら走れる。
ただ、このテントについた氷、日中に溶けてしまうだろうから今日のキャンプはちょっと厳しそう。
外に出しておいた自転車には霜が降り、ボトルゲージに刺さったままの水は斜めになった状態で凍っていた。
なんとか今日中に次の街チャルワンカに到達できるようにと、まだ昨夜の冷気の余韻が残る7時にネグロマヨを出発。
出発早々、指先の感覚がなくなる。間もなく足先も同様に。
寒い。
慌ててオーバーグローブと厚手の靴下を履く。
若干ましになったものの、もう外気温が上がらないと問題解決にならないほど寒い。
カハマルカ、ワラス、ここと本当に僕のペルーの4000mを越える高地での相性は最悪だ。
降水、降雪確率100%なんて。
本当に今は乾季なのだろうか?
ただし、アルティプラノの果てまで広がる白と茶の斑世界は、これまでのアンデスとは違った趣で
雪が降った日のあの独特のシンとした空気感と一緒に思わず足を止めてしまう美しさであった。
遠くでアルパカ放牧をする農夫の姿が見えた。
畜舎から放たれた大量のアルパカはゆうに100頭を超えていた。
電気もないこの地で彼とアルパカたちはどんな夜を昨日過ごしたのだろう?
そんなことを考えながら自転車を進めた。
やがて道は高原の端へ。
ここで一気に高度を下げて谷底にあるパンパマルカの村に着いた。
ちょっとしたホステルもあるそこそこの村だったが、時刻はまだ午前中なのでそのまま素通り。
村の街道沿いには村人がめいめいペルー国旗を持って歩いていた。
そういえば今日はペルーの独立記念日だったなと想い出す。
村を抜けると、再び登りに転じ、見たところさっきと同じような標高まで登るようだったが
ここでどういうわけか急に自転車に力が入らなくなった。
その場に自転車を投げ出し、マッシュポテトを作って食べる。
これで多少マシになってなんとか登り再開。
2時間ほどかかって頂上に着いた。
そこから見える景色もスケールが大きく、息を飲む景色でこの達成感とともに写真に収めようとした瞬間、
巨大な犬が2匹、弾丸のように岩陰から飛び出してきた。
ま、ま、まじ?!
と慌てて逃げる。
頂上に出て一度気が緩んだため、自転車がめちゃくちゃ重い。
そんなことは構わず、犬は僕の両サイドでガウガウと吠えていた。
どうもこのあたりは犬が多い。
それでいて大きく凶暴だ。
一体どうなってんだ?
道自体はゆるやかな下り基調なのに、こいつらのおかげで楽しめない。
ヘロヘロになった道だった。
この頃になると幾つか小さな集落が点在するようになる。
発電所のような施設を越えた先にはつづら折れの下り!
谷の切れ間に沿って遥か先まで道が続いているのが見える。
事前の情報によるとここから150km程ひたすら下るらしい。
100kmの登りに150kmの下り…
本当にアンデスのスケール感は日本では感じることの出来ない規模だ。
自転車は10km、20km、30km、40km…とぐいぐいと加速。
つづら折れの道なのでスピードは押さえ気味にしないと危険だ。
せっかく自分で上ってきた道なのに、ブレーキをかけながら下らないといけないのが少し悔しい。
何度折り返したか分からない程のつづら折れを終えて川沿いの道にやってきた。
振り返るととてつもない大きさの壁が。
壁の途中から、トラックが煙をわんわんと吹き上げながらのろのろと道を登って行くのが見える。
あんなところから下ってきたのか…。
ここからの道は川沿い。
傾斜も緩くなるので、思い切り踏める。
時速30km超のスピードで自転車は行く。
両サイドにそそり立つ茶色の壁。
気温もこの頃になるとだいぶマイルドになった。
景色も気候も僅か数時間で別世界に来たような気分だ。
川沿いの道はそのままチャルワンカへと続き。
チャルワンカの街は川沿いにメインストリートが続く小さな宿場街。
宿のホットシャワーを浴びながら一日を回想する。
回想すればするほど、あの雪原を走ってきたことへの実感がなくなっていくような。
そんなふうに思ってしまうほど、ここは穏やかな空気が流れていた。
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