2011年8月31日水曜日

園内観光3日目

3日目の朝も早起きして、7時前に出発。
今日は特に寒く、途中で手袋まで引っ張り出す羽目になった。

それでも早起きは三文の徳。
のっそりと佇むバッファローを見れた。
でも、怖くて横目でそぉーっと見るだけ(笑)

途中でイエローストーン渓谷のアッパーフォールズに寄り道。
ここに行くときに、この渓谷を作り出しているイエローストーンリバーを渡ったのだけれど、すごい水流だった。
今日は川沿いを辿って湖のあるレイク地区へ。

途中にヘイデンバレーと呼ばれる湿地帯を抜ける。
水場が豊富にあるため、イエローストーンの中でも特に野生動物が多く見られるスポット。
早朝にも関わらずたくさんの人がアニマルウォッチングをしていた。

遠くにバッファローが群れをなしていた。


緩く湾曲して流れるイエローストーンリバー。
その下流に渓谷を作り出すような激流になっているとは思えないゆっったりとした風景が続く。

やがて湖の見えるエリアに出た。
写真で見ると穏やかな風景に見えるが、実際は蚊地獄。
休憩するのも一苦労だった。

レイクエリアのストアで昼ご飯。
ちなみにストアの中はこんな感じ。
お土産、グローサリーのほか小さなカフェが入っていたりする。
相変わらず園内の物価は高いが、缶ジュースとアイスだけは99セントなので毎回ストア休憩は缶ジュースとアイスだった(もっとも安いと思っていたこのアイスも公園を抜けた街で50セントで売られていてショックを受けることになる)

休憩を追え、ヴィレッジから出ようとすると、めちゃくちゃ近くにバッファローがいてビビる。
 そっと通り抜けた先には、かつての山火事で立ち枯れた森林地帯が続く。


湖見渡せる道路に戻り、T字路を南に進む。
大きな坂が見え、『まじか~』と気を落としかけたとき、手前にキャンプ場が現れた。
助かった、どちらにせよあの坂は越えなくてはいけないけれどひとまず今日は休ませておくれ。

キャンプ場では、先に明石さんが到着していた。
どうやら湖に寄り道していたときに追い抜かれたようだ。

まだ時間は午後2時だったので、ストアに買い物に行ったり、昼寝をしたりゆっくり過ごすことができた。
そのうちにスティーブも到着。
それぞれキャンプ場のひと時を自由に過ごした。

早起きすると、朝はつらいけど一日のスケジュールに余裕ができるし、午後のストームに怯える心配も減るし、いやぁいいなぁ。

2011年8月30日火曜日

園内観光2日目



イエローストーン国立公園は南北に100km、東西に80kmほどの敷地を持っていて、それらはガイザー・カントリー 、 マンモス・カントリー、 キャニオン・カントリー、ルーズベルト・カントリー、 レイク・カントリーの5つのセクションに分けられ、それらは8の字のループを描いた道路によって結ばれる。

せっかくなので全てのエリアを見たいところなのだが、文字通り8の字を描いて公園を回ってしまうとスタート地点のマンモスカントリーに戻ってきてしまう。
そこからまた南下するのはちょっと手間だ。
なるだけ見所を多く見れて、そのまま南に隣接するグランドティトン国立公園に抜けるルートを模索したところ、Sの字に回るのが一番よさそうだ。
最後のガイザーカントリーに寄るのだけが往復60km余分に走らなければいけないが、このルートだと自分にとって見所の少ない(かつ園内道路の最高地点のある)ルーズベルトカントリー以外を全て網羅できる。
こんなルートで

明石さん、スティーブともに同じルートになりそうだったので、キャンプ場で落ち合うことにして各自スタートすることに。
僕は早朝の車の少ない時間に走っておきたかったので7時前には走り出した。

マンモスカントリーから、ノリス地区を経てキャニオンカントリーを目指す。
明け方のイエローストーンは気温が10度を下回り、7月だというのにめちゃめちゃ寒い。
それでも日が昇ってくると気温が急上昇するので、ウェアの脱ぎ着がいちいち面倒だった。
さらにここから標高も一段あがるので昇りもあって大変だった。
とはいえ、朝日が昇るにつれ表情が刻一刻と変わっていく山の風景に、気持ちは高ぶり気持ちの良いサイクリングとなった。
 

湯煙を遠くに眺めながらのんびり行く。
時折、道端で小さな噴出活動を行っている温泉があった。
 

10時頃にノリス地区に到着。ここはイエローストーンの中でも新しく熱水現象が始まった場所で、中でも スチームボートガイザーは世界最大の間欠泉ということだそうだ。
数年毎の大噴出時には100mを超える柱が立ち上がるそうな。
僕が訪ねたときも、そこまではいかないものの数分おきにぽつぽつと噴出活動が行われていた。
 
こちらがスチームボートガイザー
噴出があるたびに周りの観光客は歓声をあげ、写真をパシャパシャ撮る。
僕も多分に漏れず、写真を撮っていたのだが、どうも心の底から沸き立つ興奮はない。
あの、バンフに入って分水嶺を越えたときのような。
もちろん世にも珍しい異質な光景が広がっているのは間違いないのだけれども。

間欠泉見学もそこそこに次は進路を東に変えてキャニオン地区へ。

キャニオン地区のキャンプ場は、近くにグローサリーストア、シャワーもあってものすごく使い勝手がよかった。(マンモスのキャンプ場はストアが急坂の上にあり、行くのが躊躇われた)
もちろんバイカーズサイトも用意されており6$の良心的お値段。

僕が一番先に着いたようだったので、昼ご飯のラーメンを作ってのんびりとしていた。
やがて明石さんが到着したので、彼のテント設営後、イエローストーン大渓谷を見に行った。

リムに到着すると、ここまで通ってきた風景から一変して岩の荒々しい渓谷が広がった。
本当にこの公園は色々な表情を持っている。

ノースリムからローワーフォールズを望む。
何でも落差はナイアガラの倍あるらしい。
下に下りるちょっとしたトレイルを歩き、近づいてみる。


大迫力。

夕方も近づいたのでキャンプ場に戻ると、スティーブも到着していた。
その後、ヴィレッジのストアで食料の買出し。
ストアは近くて便利なのだが、園内の物価は非常に高く安くて腹が膨れそうなものを吟味する。
今晩のキャンプサイトにはその後も僕と同じくバンクーバーから自転車でやってきたフランス人も到着して自転車乗りだらけの夜となった。

ちなみに本日のスティーブは、イエローストーンキャニオンの存在を知らなかったらしく、僕らがお勧めしたら日が暮れかかっている中、慌てて自転車に跨り、キャニオン観光へと出かけていった…。



























2011年8月24日水曜日

湯煙どころイエローストーン

イエローストーンの地盤は今も火山活動を続けており、その恩恵を受けて数多くの間欠泉や温泉が吹き出ている。
その間欠泉の数は世界の間欠泉の何分の一になるとか(数値忘れた)

園内を走っていると遠くで湯煙がもくもくと上がっていたり、道端で急に間欠泉が噴出したりして中々油断ならない。

ただし、これだけ温泉が吹き出ているにも関わらず、園内に入浴ができる温泉施設はない。
硫黄のにおいを嗅いでおいて入れないなんて僕ら日本人にとってはとれそうでとれないUFOキャッチャーのように歯がゆいもの。

しかし、実は一箇所だけ入れる温泉があるらしい。

温泉と言っても、ちゃんとした入浴施設があるわけではなく、温泉の源泉と川の水が合流する地点がちょうど良い湯加減になっているそうだ。
それは旅人伝いの情報で、公園北のゲートであるマンモス地区に入ってすぐにあるという情報を入手していた。
バンフやこれまでのルートのなかでHot springsという言葉に散々裏切られていたので、ここにはちょっと期待している。

今朝、先に出発していた明石さん、スティーブとマンモス地区のキャンプ場にて合流し、3人で噂の温泉を探す。
温泉へのトレイルはモンタナとワイオミングの州境にあったのだが、なぜか封鎖されていた。
園内で州が変わる
 どうしようかと3人で相談するが、その隣をどんどん他の観光客がクローズのロープを跨いで進んでいくので、僕らも相談して結論を出すまでも無く、ロープを跨いだ。

先を行く人の中には首にタオルをかけて、入泉する気満々の人もいたりして、ちょっと笑えた。

10分ほど進むと、川に“高温注意”の看板が出てきて温泉が近いことを物語っている。
川に手を入れてみると、まだ冷たい。
温泉はまだか。
さらに先に進むと、人が集まっている場所が見えた。

そこに辿り着くと、どうやらここが温泉であることは確かなようだったが川へと下りる桟橋は封鎖されていた。
今の時期は川の流れが急で流される危険があるためだそうだ。

周りの人もどうしようかとためらっている。

ここで切り込み隊長の明石さんが先陣を切って入浴。
もうすでに入口のロープを越えてしまったので、ここまできて入らないでどうする!!

僕も続けて温泉に足を入れる。
ちょっと熱い。45~46度といったところか。
肩までつかるにはしんどそうだったので、川を歩いて適温ポイントを探す。
さすがに川は流れが急で足を滑らせたら危険そうな箇所がいくつかあった。

少し下流にいったところ、源泉が小さな滝になって流れ落ちているところにベストスポットはあった。
かなりよい湯加減。

源泉と川が合流しているだけというワイルド感もさることながら、なんといってもこの大自然の中で露天風呂というシチュエーションがたまらない。

僕と明石さんが興奮している様子をみて、傍観していたスティーブも意を決して入ってきた。

このスティーブというのも、おもしろいやつで徹底的に紫外線を嫌う。
自転車旅をしておいて日焼けを嫌うって言うのも変な話だが、その徹底度がすごい。

まず頭は首まで日除けが付いた帽子にサングラス、体はどんなに熱くても長袖シャツ。もちろん日除けに最適な白系の色目。手首にもバンドを巻いて、手はフルフィンガーのグローブ。そして腰にはベアスプレーを常に携帯している。
スティーブよ、いったい何をそんなに恐れているんだい。

因みにそのいでたちは、公園のレンジャーそっくりでたまに他の人にレンジャーに間違われていた。

さらにすごいのが彼の食事はナッツのみ。
いつも馬鹿でかいナッツのボトルを持ち歩いていた。
彼曰く、ナッツが一番エネルギー効率が良いからだそうだ。
そうはいっても飽きるでしょう…

と紹介が長くなったが、そのスティーブの素肌を見れたのは後にも先にもこの温泉が最後だった。
それでも靴下は履いたままだったが…
貴重な一枚

一時間ほど温泉を満喫したあと、帰りのトレイルの途中で崖の上から拡声器で声が聞こえてきた。

『こちらレンジャー、そこは侵入禁止だ』

まずい、レンジャーに見つかってしまったようだ。

が、もう温泉には入ったので一先ず目的は果たした。
怒られるときは、素直に謝ろう。

繰り返しレンジャーは注意をしている。
が、その声はむなしく、次々と温泉を目指してくる観光客がやってきた。
そんな彼らが、僕らに尋ねる。

『温泉には入れた??』

「最高だったよ!!」

トレイルの入口に戻ると、ちょうどさっきまで拡声器で注意していたレンジャーが業を煮やして直接注意しにやってきた。
かなりの形相だ。
僕らも、まずい怒られるなぁと 思っていたら、僕らを素通りして奥へと進んでいった。
注意に従って引き返してきたと思われたのか、はたまたスティーブをレンジャーと思ったのか…

あのあと温泉に向かった人たち、ごめんなさい…

温泉はキャンプ場からそれほど距離はないのだけれど、急坂を下ったところにあるので帰り道で汗だくになってしまった。

自転車で訪れた際は、キャンプ場に行く前にこちらで汗を流してから行きましょう。キャンプ場にシャワーはありません。
そして封鎖されているのに突入するかしないかは自己責任で判断してください。
今回お咎めなしだったのはラッキーでした。
本当に急な流れのときや天気が崩れているときは無理をしないように。僕らも川の流れはきちんと確かめてから入りました。

2011年8月22日月曜日

2515kmの遠回り

自転車で世界一周という夢がぼんやり輪郭が見えて来だした頃にスタート地点をどうしようかと悩んだ。

どうせなら果てや端にこだわって始めようか。
以前のアメリカ横断のゴール地点サンタモニカから始めるのもいいな。

両者を天秤にかけると、サンタモニカから始める方がなんとなく自分に合っているような気がした。

でもサンタモニカを含めカリフォルニア~アリゾナ区間は自転車やレンタカーで何度も走っていた道だったので、あまり刺激が少なそうに思えた。

それにアメリカで昔からどうしても言ってみたい場所が二箇所あった。

ニューメキシコのホワイトサンズ国定公園とワイオミングのイエローストーン国立公園。

前者は一度行こうとトライしたがロスから車で行くには遠すぎて、途中で諦めたことがあった。
後者は世界最古の国立公園として、その名は世界に轟いている。景観、自然、動物…この目で見てみたいものばかりだ。

どちらも内陸部にあり、大都市とは距離があるためよっぽど目的がはっきりしていなければ中々訪れるのが難しい場所。
ホワイトサンズに関しては、南部なのでサンタモニカから出発しても通り道だ。
かたやイエローストーンとなると一度北上した後、南下することになり大きく距離も時間もロスしてしまう。

ううむ、どうしよう…

と頭を悩ませ地図と睨めっこをして季節、資金、ルートなどを考慮し自分にとって納得できる結論がバンクーバーであった。
端っこでもなく、結局サンタモニカでもなく中途半端な場所からのスタートになった感は否めないが(笑)

そのバンクーバーから一ヵ月と一週間。

いま僕はイエローストーンの入口に立っている。

公園の入口前にはルーズベルト大統領が礎石を置いたルーズベルトアーチを超えると公園ゲートだ。

自転車のメーターは2515kmを示していた。

いざ入場!!

2011年8月21日日曜日

イエローストーンの入口にて

さて、自分にとって特別な場所になったBozemanの街を名残惜しくも去ることに。
街にも人にも癒されすっかり体力回復したので、いよいよイエローストーン国立公園を目指す。

渡辺さんにレストランまで送って頂き、見送られながらのスタート。
心なしかペダリングが軽い。

まずはBozeman pass越えだ!
実はBozemanの街に滞在しようとしたの理由の一つに、地図上でこのpassの文字を発見したからというのもある。
“pass,sumit,valley,conyon…”これらの類の言葉は嫌いだ。なるべくなら避けて通りたい。
が今回はルート上どうしても通らなければいけない。
峠越えした疲労困憊の体でイエローストーンに行っても楽しみきれないと思ったので、しっかり街で骨休みをしてイエローストーン入りしようと思ったのだ。
さいならボーズマン!!


街を抜けてI-40に再合流。
トラックや車の激流の脇を走る。街を出てすぐに登り坂が始まったが、案外たいしたことないぞ?

アメリカの高速道路であるインターステートは高速運行を実現するために、なるべく道が平坦に作られている(ように感じる)。加えて路面状態が概ね良い(ただし交通量が多いので路肩のゴミは半端なく多い)。一般道に当たるUSハイウェイや州道が山や川に沿ってうねうね延びているのとは違って非常に走りやすいのだ。

あっさり完登。

ここからLvingstoneの街までノンストップで下る。
下り坂に加えて路面状態も非常によくほとんどペダリングせず10マイル進んだ。

まだ午前中。

本当は今日の走行はここで終わるつもりだったのだが、あまりの快走振りに気を良くしてそのままイエローストーンのゲートシティであるGardinerまで行くことにした。
距離にして50マイルと少し。
6時間あれば到着できる距離だ。

しかし、ここから少し苦戦する。
進路が南だったので、これまでもさんざん苦しめられた南風が復活。
加えて微妙な上り坂のせいでスピードが出ない。
この微妙な上り坂っていうのが曲者で、視覚的には、平坦に見える。
なのにメーターを見るとスピードが出ていないから精神的な疲労をしてしまう。

途中のスタンドで一息つく。
渡辺さんに頂いたおにぎりを食べてリスタート。
おにぎり食べて超回復!
天気よ、持ってくれ。

苦しみつつも、7時ごろ街に到着。
40kmのつもりが結局130km走ってしまった。

街の入口にあるキャンプ場を訪ねる。
さすがに世界屈指の人気公園のイエローストーン付近にあるキャンプ場なので混んでいる。
ラスト2サイトのところにぎりぎり滑り込んでテントを張る。
崖の下のキャンプサイト
晩飯の前にシャワーを浴びようとシャワー棟に向かうと…
外の流しに洗いかけの鍋が置いてあった。
炭にまみれて随分と使い込まれてるなぁと思いながら見ると、洗い用のスポンジをしまうジップロックが目に付いた。
『Zip-lock,ジップロック…。ん、日本語で書いてあるぞ?』
と思った瞬間、鍋の持ち主が現れた。

黒々と日焼けしているが一目で日本人と分かった。

それは彼も同様だったようで
『Are you japanese?』と聞いてきた。

『yes』と答えると一気に彼の表情がほころんだ。

彼の名前は明石さん。名前とは裏腹に関東出身(笑)
彼も自転車乗りで4月にアラスカを出発し、メキシコシティを目指しているそうだ。
カナダではカヌーツーリングに挑戦し、川の両サイドの山で山火事が起き、まさに火の海を越えてきた男だ。

『どこからスタートしたの?あそこは通った?カナダ物価高すぎだよね~』
などなど 僕もこの旅で初めての日本人自転車乗りだったので、話が止まらない。

しばらく僕のサイトで明石さんと話していると、一人の外人が近づいてきた。
なにやら明石さんと顔見知りのようだ。

その彼はスティーブと言ってシカゴ出身のメガネ男子。
彼もイエローストーンを目指している自転車乗りだ。
キャンプ場で明石さんを見つけて、ちゃっかりお金を払わず明石さんのサイトに潜り込んだそうだ。

よく彼を見てみると…
む?こいつ見覚えあるぞ!

実は、ボーズマンをうろうろ散策していたときに僕と彼は出会っている。
荷物満載でハイウェイ方面から走ってくる彼とウォルマートに行こうと自転車を走らせていた僕に
彼が自転車屋の場所を尋ねてきたのだ。
僕は、バッグをつけてなかったので地元民と思ったのか。
『ダウンタウンに行けばあるよ』
と教えると彼はすぐに行ってしまったのだが、まさかまたここで会うとは!

しかしスティーブに、そのことを話すと彼は覚えていないようだった…

ともあれタイミングよくイエローストーンの入口で自転車乗りが3人集まった。
目的地は一緒なので、イエローストーンに入ったら日中の走行は各々自由に走って、
キャンプ場で落ち合おうということになった。


2011年8月19日金曜日

ボーズマンの街その2

閉店後のお店を訪ね、そのまま車で渡辺さんの自宅まで連れて行ってもらう。
渡辺さんの家は昼間にいったロッキー博物館の向かいであった。

家に入るなり、僕はこの家のご主人を差し置いてシャワーを頂く。
シャワーを出ると奥さんが、

『洗濯物もたくさんあるんでしょ?』

と言ってくれたので、至れりつくせりで申し訳ないと思いつつも、ご厚意に甘えることにした。
洗濯機はバンフで泥まみれで使って以来で、毎日手洗いだったので本当に有り難かった。

ダイニングに行くとたくさんの日本食が用意されていた。
枝豆、さきいか、お寿司、そしてビール!

食事を囲みながら、渡辺さんとたくさん話をした。
渡辺さんは熊本の出身で学生時代に隣のワイオミング州に留学を経験していて、この辺りの土地がずっと忘れられずに一念発起。
5年前に、ここボーズマンにレストランをオープンさせた。

『なんでSushiじゃなくてJapanese  Restaurantなんですか?』

僕が訊ねると、Sushiはすぐ外国人がイメージする日本食だけど、この街でこの国の人たちに本当の日本食を知ってもらいたいという渡辺さんの熱い思いがあるそうだ。
確かに僕らは、日本で暮らしていてもお寿司は晴れの日に食べる特別な食べ物だし、ほとんどの日常はうどんや定食とか丼ものを食べているもんなぁ。

『でも、そういう定食とか丼ものこそ日本食の魅力ですもんね!』

と僕が言うと

『馬鹿、日本人にそういわれるのが一番うれしくないよ』

と渡辺さんは笑って返した。

開業当初は、本当に苦労の連続だったそうだ。
コロッケなど凝ったメニューも入れたりしたが、なかなか受けなかったり、アルバイトに仕事を教えてもすぐ忘れてしまったり…

でもそんな時にはいつも渡辺さんが奥さんに

『いつかそのうちいいことあるよ』

と言うそうで、奥さんは

『でも全然、いいことがやってこないのよね~』

と言う。
でも、その言葉とは裏腹は揺ぎ無い信頼や愛情といったものが、二人の会話からの節々から感じ取れ、素敵だなと思った。

なにより、年齢に関係なく今なお挑戦を続けている渡辺さんご夫妻。
『やりたいって思ったら自分がやらなきゃ』
と二人揃って話していた姿がとても印象的だった。

会話も盛り上がる中、奥さんに熊本ラーメンを作っていただいた。
すでにお寿司を完食し、さらにここにお邪魔する前にピザをたらふく食べていたので本当に申し訳なかったが食べ切れなかった。すみません…。

他にも、お二人の若い頃の話や、僕の旅の話、熊本と福島の話…

話題は尽きることが無かったが、夜も更けてきた。
僕は時間はたっぷりあるが、お二人は明日も仕事がある。
切りのいいところでお開きとなった。
…というより、満腹+ビールですっかり酔っ払った僕を気遣ってベッドを案内してくれたというのが実際かもしれない。

締めのとき、渡辺さんが僕に言う。
『たくさん日本人の観光客が来るけど、自転車でっての珍しくてさ、南米まで行くって言うからメキシコは危ないぞって一言言いたくて家に呼んだんだよ。』

たぶん、注意喚起って理由もあると思うけど、僕にはなんとなくその言葉以上にたくさんの思いが込められている気がした。

『時々、旅の近況を知らせてよ。そして旅が終わったら熊本で馬刺しを一緒に食べような』


2011年8月4日木曜日

ボーズマンの街その1

Bozeman。

僕がかつて青春時代を過ごした街の一つである下北沢に同名のお店があった。

また、“Leaping Fool(飛び跳ねるバカ)”のロゴで一世を風靡したザックブランドDANA DESIGNの創業者Dana Gleasonが立ち上げたブランドMystery RanchはMade In Bozemanにこだわって生産されている。

そんなBozemanの街がイエローストーン国立公園へ向かう途中にある。
調べてみると、運よく20$の安宿がある。

せっかく通り道にあるので少し、寄ってみよう。
休憩中

オランダとニューヨークにも寄り道

そんな軽い気持ちでBozemanの街に2泊することにした。
到着!!

ちょっとした田舎町かと思ったら、かなりの大都会。
Wal martはあるは、REIはあるは、その他ショッピングセンターが立ち並んでいる。

先日立ち寄ったモンタナの州都Helenaも都会だったが、着いたのが日曜のため街は静まり返っていたので、僕にとってはこの街は久しぶりの都会に見えた。
人口3万人強の人口だが、イエローストーンの北と西の玄関口のLivingstone とWest yellowstoneに通じる道があるので居住人口以上に人がにぎやかだ。

インターステートを降りて、街のメインストリートを走りながら目的のホステルを探していると、一件のレストランが目に入った。

Japanese Restaurant Watanabe。

僕はカルガリーでから揚げを食べて以来、から揚げに異常なほどから揚げに飢えていた。
値段が手頃で、から揚げがあったら今日はここで晩御飯を食べよう。
もし高かったら、隣の中華屋のビュッフェでドカ食いだとマーキング。

レストランから程ない距離の住宅地の中にホステルはあった。
なかなかいい感じ。



ここでしっかり骨を休めてイエローストーンに備えよう。

そうと決まれば、から揚げでパワーをつけるぞ!と先ほどのレストランへ。

丁度ディナータイムの時間が始まったばかりで、店内はまだ僕一人だった。
“Watanabe”という店構えだから、日本の方がやっているのかなと思ったら、やはり日本の方の経営だった。

メニューを見せてもらうと、リーズナブルな値段だったのでここで夕食をとる事にする。
もちろんから揚げもあったのでから揚げ丼をオーダー。

注文から十数分後、僕は幸せに包まれていた。

カルガリーからそれほど日も経っていないはずなのに、故郷の味の引力というのはやはり切っても切れないものらしい。

すっかりご満悦に浸っている僕に、ご主人の渡辺さんが声をかけて来た。

『釣りですか?』
ここモンタナやワイオミングは世界の太公望憧れの地なのだ。

『いえ、自転車でアルゼンチンを目指してるんです』
と旅の経緯を簡単に話した。

渡辺さんは特に驚く様子もなく、『メキシコは気をつけなよ』と諭した。

自分としてはもう少し驚くかなと思ったのだけれど、
ここは世界有数の観光地であるイエローストーンのゲートシティ。
そこの日本食レストランとくれば、毎日たくさんの日本人が訪れるだろうし、
同じ様な人もたくさん来るのかななんて思った。

とはいえ、せっかくおいしい食事を食べさせてくれたご主人ともう少し会話を楽しみたかったのだが、だんだんと込み合う時間になり、あまり話せず少し残念な気持ちでお店を後にすることにした。

外で自転車のロックを外していると、お店から渡辺さんが飛び出してきた。

『一晩くらいウチに泊まっていかないか?』

ええ??と本当に意外な思いがした。
あんまり自分に興味はなさそうな気がしたのにどうして?

でも、忙しい仕事の最中を抜け出して声をかけてくれた事が嬉しくて、僕は二つ返事でお世話になることにした。

もう既に、ホステルに2泊分のお金を支払った後だったので、2日後にお世話になることにした。
第一印象が良かった街なので、もう一日いられるのは有り難いことだ。
どうせ、あってない様な旅のスケジュール。
こうした出会いで予定がずれることに、なにか旅の醍醐味みたいなものを感じる。

ホステルでの2日間はお店に行って必要なものを買い揃えたり、ブログを書いたり、博物館に行ったりしてゆっくり過ごした。
ミステリーランチにも行ってきた
ちなみに次の日も渡辺さんのところへ食べに行った(笑)
この日はうどんといなりずし。これまたうまかった!!

ロッキー博物館は、恐竜の化石の展示がメインとしつつも、インディアン関係の展示(これは撮影禁止)、昔のモンタナの暮らしの展示、カエル展などジャンルが多岐に分かれていておもしろい。
個人的には、子供向けにイエローストーン地質学、生物学を体験できるフロアが楽しめた。

ロッキー博物館

この角で一突きされたらひとたまりも無い!!

超でかかった





猛毒らしい


そうして3日目の夕方。
待ち合わせがお店の閉店後だったので、その辺りのファストフードで時間を潰そうと思って自転車を走らせていると、住宅地の一角から僕を手招きする声が聞こえた。
見ると、若者が7~8人ビール片手にパーティをしていた。

『スーパーマンになろうぜ!!』

最初は何を言っているのか分からなかったけれど、庭を見て合点がいった。
庭に敷かれたブルーシートに水が撒かれていて、そこへ走りながらダイブするのだ。

既に彼らは酔っ払っていて、特に危険も感じなかったのでここは一つ日イヅル国の特攻魂を見せたろうと思い、Tシャツを脱ぎ捨てブルーシートへ向かってつっこんだ。
僕はすっかりビショビショになってしまったがこれで若者たちはすっかり気を良くし、僕にビールを勧めてきて、そのままピザ屋さんへ…。
見知らぬ人らと乾杯!!

彼らはこの街にあるモンタナ州立大学の学生たちで、仲間たちで今日はパーティをしていたそうだ。

ある一人の男の子が“Fuck you”は日本語でなんて言うんだ?と訪ねてくるので“死んじまえ!”と教えた。
そうすると、覚えたての言葉を使って仲間に“死んじまえ”と叫ぶ。
意味を知った別な男の子が、他の言葉を教えてくれというので“チン○ヤロー”を伝授。
こうしてみんな覚えたての日本語のスラングを叫び合っていた。
教えた張本人は、それを見ながら爆笑。
どうやら20歳そこそこの若者たちの思考回路というのは万国共通なようだ。

もう少しこの若者たちとバカ騒ぎしたかったが、渡辺さんとの約束の時間も迫っていたので名残惜しいがこの場を去ることにした。