夜があけて間もない6時過ぎにアロタの集落を出発。
明け方の空気は切れるような寒さで、指先からあっという間に感覚が奪われていく。
アロタを出発してすぐ、そこそこの傾斜の峠を過ぎると、valle del roca岩の村と呼ばれる奇岩群の廊下に差し掛かった。
やはり奇岩はいい。
赤茶けた風に削られた岩たちは、湿潤な日本ではほとんど見られない厳しさを醸し出す。
僕が奇岩に惹かれるのはこういうところだと思う。
しばし、頭を左右に振りながら、岩の芸術に酔いしれた。
間もなく前方に、チリ・ボリビアの国境線にそびえる火山群が見えてきた。
そのうちの一つカケジャ山のすぐ脇を回りこむようにして進んでいく。
5900mを越えるカケジャ山を筆頭に、どれも標高は5000m以上。
にも関わらず、はっきりとそれらの山々を視界に捉える事が出来るのは、僕の走っている道もやはり4000mの高地ということ。
人が暮らすには厳しい自然環境だけれど、目に映る景色は下界では到底再現することの出来ない美しき世界だ。
カケジャ山を横目に、走って行くと今走っている幹線から外れた道を一台の四駆が走っているのが見えた。
遠目だったこともあるが、それにしても遅く見える。
だが、激しく上下にシェイクされ、砂煙を立てていた。
どうやら、あそこが宝石の道に始まりの場所のようだ。
四駆の出てきた分岐まで走り、一呼吸置いてから、いざ!と分岐に折れる。
その瞬間、すぐにタイヤが砂に埋もれ落車しかけた。
『うおっ!なんじゃこれは…』
そこは今までの悪路を悪路と呼ばせない最悪の道の始まりだった。
深く重い砂がタイヤを吸い込み、渾身の力を込めてペダルを踏み込むと、
今度は砂から顔を出した巨大な岩が連続で敷き詰められている。
10cm程はあろうかという段差になってしまうものだから、越えることが出来ず進めず。
仮に越えれたとしても、またすぐに岩か砂が待ち受けている。
とても自転車を漕げる道ではなかった。
正直、アロタまでの未舗装路が労なく漕げたことで、宝石の道に入っても大したことないだろうと思っていた。
だが、ここは正真正銘、最悪の道だった。
おまけにいきなりの登り坂。
最初から漕げないようでは、先が心配だとなるだけ乗ろうとしたがすぐに自分が圧倒的弱者だと認識し
自転車を押した。
いや、押したというより引き上げたと言う方が正しいか。
ハンドルを持って押しただけでは、タイヤはずぶずぶ砂に吸い込まれ進まないので、
右手で後輪近くのフレームを持ちあげ、左手でハンドルを押した。
1時間近くかかって、一つ目の坂を登り終え来た道を振り返った時、
悪路の入り口がまだすぐそこに見えたときは本当にゾッとした。
そして下りに入った。
最悪の道は、自転車で下ることすら許してくれなかった。
自転車が自分もろともシェイクされる。
ガタンガタンと、尋常でない衝撃が全身を襲う。
全力でブレーキを握りしめても、自転車は止まらず。
結局、自転車から下りて下ることが最善の策だった。
道はツアーで通る四駆が作った轍を走る。
自転車に比べれば遥かに馬力のある四駆なので、天空の大地に縦横無尽に幾筋の轍を作っていた。
ここを走った経験者の人からは、状態の良いあたりの轍を選ぶのがポイントと教えてもらっていたが、
はっきりいって、沢山の車が通る太い轍はコルゲーションと深い砂、
もう一方の轍はというとゴツゴツの岩がごろごろしているような道で
どっちにしても地獄、だった。
スピードメーターも時折スピードをカウントすることを止めてしまうほどのスピードでじわりじわりと進む。
じわりじわりという表現は、あくまでスピード感を表現したいだけであって、
実際本人としては“ふんぬ!ふんぬ!!”と一歩ごとに歯を食いしばっているような状況である。
周りの雄大な景色に目を向けることも出来ず、視線はただひたすら足元に落ち続けた。
幾つか小さな塩湖を通り過ぎた後、大きな湖に出た。
カニャパ湖である。
ここでようやく一息つけたこともあり、やっと周りを見渡すことができた。
湖、空どちらも深い深い青だった。
湖は塩湖なので、浅瀬のあたりは蒸発して塩分がむき出しの状態だ。
空は雲とセットで、湖は塩とセットで、雪を蓄えた山脈を背に。
限りなく色彩が省かれた世界なのに、心を揺さぶる美しさだった。
水際まで行ってみるとフラミンゴの群れが水遊びをしていた。
人間の営みが困難な環境下にあって彼らは優雅に、のんびりとした時を過ごしていた。
カニャパ湖の周辺はさっきよりもひどい砂地だった。
タイヤのリムがまるまる埋まってしまう。
しばらく進むとバックリと地面が裂け道が途切れていた。
どうしたものかと、一瞬立ち往生したが、切れ目の上流まで行ってみるとなんとか渡れそうな浅い段差を見つける。
そこには、僕と同じような自転車の轍が2条あった。
ウユニに向かう時の轍のように、ここでもまた勇気と安心を分けてもらう。
日も暮れかかる頃になると、吹きさらしの西風がさらに勢いを強め、かなりの勢いで吹いていた。
ズブズブの下りの向こうに本日の目的地エディオンダ湖を捉え、ラストスパート。
ラストスパートという言葉の響きとは裏腹にスピードは4~5kmほど。
悲しいくらいに遅い歩みである。
エディオンダ湖湖畔には、どうゆうわけかこの地に似つかわしくない人工物であるホテル兼レストランが1件ポツンと建っている。
このことは事前の情報で知っていたので、ここを目標にして走ってきたわけであるが、このホテルの値段が100ボリとかなり強気の値段設定だった。
値段を聞いて一瞬たじろいだが、日暮れ近い外は切り裂くような風音が響いていたし、
思い切りこのホテルをあてにしていたこともあったので、そのままチェックイン。
レストランの方もアンビリーバボーなプライスだったのでさすがにこれは自重し、ベッドだけの簡素な部屋でラーメンを作って夕食とした。
夜がやって来ると、闇が寒さを引き連れあたりを覆った。
窓の外はまだびゅうびゅうと風が鳴り続いている。
午後いっぱいをかけて、進んだ距離は僅か25km程。
この先が絶望的に思えてくるが、ともかく今日が終わった。
明日からは一日中、この道との戦いだ。
考えただけで、恐ろしくなってくるが体は素直に出来ているようで、
ベッドに潜り込んで目をつむるとあっという間に眠りに落ちていった。
初めまして 奈良に住んでいるものです 美しい風景の中に厳しい自然の空気感が伝わってきます 日本ではもう見ることが出来そうも無い空の色ですネ 私は南米のインカにあこがれて1年まえの年末にペルーに行き来ましたマチュピチュがメインでした 不運にも雨期で天候には恵まれませんでしたが たまに晴れると写真で見るのと同じ空の色です
返信削除星の溢れる空を見れなかったのが心残りと街で英語がつうじなかったのが悔しくていまはスペイン語を勉強して機会があればもう1度と思っています
アンデス山脈の高地は空気も薄く特に坂道は大変な困難でしょう4200メートルの峠を越えて実感しています 写真と文章楽しんでいます夜空の星も写してみて下さい
匿名さん コメントありがとうございます!雨季の南米は少し残念でしたね。でも匿名さんが言われているように、雲間から太陽が差し込んだ瞬間のアンデスの高地ってやっぱり神秘的で、ここでしか感じれない空気感ですよね。
削除キャンプをしていると、寒さと疲れで正直星空を取る余裕がなかったりしますが、たまに見る夜空は本当にきらめく空で忘れられません。
またいつか南米に戻れる日がくるといいですね。
僕ももう低地に下りてきてしまいましたが、たまにあの頃を思い出すと、今でも胸がゾクゾクとする高ぶりを覚えるものです。