2012年6月26日火曜日

ペルー入国1日目 平地生活始まりました

前回のブログに書いたとおり、朝起きると高台のベッドを除いて床にはコオロギが大量に発生していた。
奴らを払いのけホテルをチェックアウト。
ここからペルー国境までは目と鼻の先。
さぁて、12カ国目ぺルーに行ってみますか!
マカラ郊外はいかにも南米の低地らしいだらしない作りの民家が多く、そこを抜けて2kmほどいくと国境についた。
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しょぼい作りは民家だけでなく、国境事務所までしょぼかった。
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入国時同様、機械印字式のスタンプを押してもらい出国。
この際、入国の時は書かなかったツーリストカードのようなものを書かされた。
たしかニカラグア出国の時も書かされたけど、もう出国なのになぜ?普通入国の時じゃない?と思ったが書かなくては出国できないので書く。
国境はいつもの通り川で隔てられていた。
川の向こうに、新しい橋が建設中でどうやら日本の支援で建てられている模様。
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これまた中米の話になるが、同様に日本の支援で作られた橋は中米でも多く見られた。その橋も大抵国境付近。
日本さんはよっぽど、国境に橋を作るのが好きらしい。
現存の橋もまだまだ使えるように思えたので正直援助するならここまでの道をなんとかして欲しい。
せっかくここが綺麗な道でもここに来るまでが最悪なのだから。
そういえば中米の国境越えでも同じようなことを思った。
(国境は支援として分かりやすく目立つ場所ってのもあると思うんだけどね。中米に関しては、雨季の大雨で既存の橋が流されてしまったからという記事を見かけたことがあるし、まぁ理由はそれぞれあるんだろうが。)
ともかくも。
ペルー入国だ!
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橋を渡ってすぐの事務所で入国手続き。
朝早いこともあり、並ぶことなくあっさりスタンプGET。
ペルーはただでさえ国土が広い上に、ルートの都合上、縦断と横断まるまるしなければならない。
それにマチュピチュを始めとする古代遺跡の宝庫、そして過酷な山道と自分でもこの国を抜けるのにどのくらいかかるか予想つかなかったので、係員に“4ヶ月滞在させて”ってダメもとで言ったらあっさり4ヶ月の滞在許可が下りた。
写真で見て分かる通り、すごくのどかな国境で両替の声もかかることなくあっさりと通過。
(ペルー通貨ソルは事前に用意済みだった)
国境が川ということは、当然の上りからペルー走行のスタート。
相変わらずの山だけど、本当に平地になるのかなと思いながら登る。
お…

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おお!!
ほんとに前方に山が消えた!
道もまぁまぁ綺麗。

後方には昨日越えてきた山々が。
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平地はコロンビアのカリ以来だから約2000kmぶり?
久々の平地をかっ飛ばす。
あっという間に60km走り最初の街へ到着し昼ご飯に。
ペルーはご飯が美味しいという噂はかねがね聞いていた。
ここはぺるーの定番定食ロモ・サルタードでその実力拝見ということで注文。
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盛りつけ自体は、これまでと大差はなかったのだが、噂通り味が良くなった。
特に米。
これまでは、黄ばんだ米が出てくることもあったのだけど、ここで出てきたのはまばゆいばかりに純白のお米で
ほんのり甘みがあってそれほどパラパラしない、日本の短粒種に近い味だった。
ここが低地ということもあるのか、よく炊けている。
あっという間に平らげる。
値段はエクアドルに比べると少し高くなったけど、このクオリティなら十分。
そういえば、ペルーに入ってどこか懐かしい気分になっていたんだけど、なぜかと言えば
この辺りに広がる田園地帯から稲穂の香りが流れてきたからであった。
故郷を思い出させる香りが心地良い。
ペルーなかなか良い国のようです。
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さて入国して気づいた大きな変化といえば、この国元タクシーが凄まじく多い。
エクアドルではほとんど見かけなかったのに、この国のすれ違う車両のほとんどがモトタクシー、それ以外は貨物トラックというくらい多い。
中には中坊くらいの少年が小遣い稼ぎで運転していたりする。
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休憩を終えて走りだし午後2時くらいにはタンボグランデの街についた。
もう、90km以上走っていたし、ここで今日はおしまいにしても良かったのだが、あまり街の雰囲気がよろしくなく、休憩していても浮浪者が絡んできたりしたのでもう少し進むことに。
タンボグランデから脇道があってそこを進むと、100km程ショートカット出来たのでそちらを使って次の街へ。
地図では、未舗装と書いてあったが実際に未舗装だったのは一瞬だけであとは舗装路が続いた。

目標のチュルカナスまでは40km。
その間幾つかの村を通り過ぎたのだが、こんな田舎道を通る邦人に対して人々はとてもフレンドリー。
家々を通り過ぎる度に、すべての家に手を振っていたんじゃないかというくらい、笑顔で手を振ってくれた。
ペルー北部は自転車乗りの間では極めて治安の評判が悪く、かなり警戒していただけに
拍子抜けするくらい彼らの笑顔が胸にすっと入って来た。

ただし、ある集落の学校で呼び止められちょっとした世間話をしているとこの先のチクラヨ、トルヒーヨという街はやはり現地民でも警戒するほど危険らしい。
僕からその話をするまでもなく、彼らからその話が出てくるということは依然としてこの区間は自転車乗りにとって鬼門だということだろう。
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舗装がしっかりしていて快適に走れた田舎道。
地図にはこの田舎道を横断して川を示すラインがいくつか引かれていた。
橋か何かあるのかと思ったら…
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何もなかった。
道が川で途切れ、川の向こうにしっかり再開している。。
やっぱり田舎道は田舎道ってことか。
ってことでグアテマラ以来の渡渉。
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まぁ深さはそれほどないので難なく渡るも、この渡渉、結局5回ほど繰り返した。
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ここは何とか迂回路あり。

この日は130km走って5時頃チュルカナスに到着。
街にホテルがあまりなく、しばらくうろついた後広場に面したホテルに投宿。
15$ほどしたものの、便座なしの水シャワー…
あぁ、エクアドルのホテルが恋しい。。

このチュルカナスの街は南米随一の陶芸の町だというのだが、セントロに来るまでの間それらしい建物は一切見かけなかった。
代わりに竹内モータースは発見した 笑
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日系の人の家なのかな。

夕方になると、人々はセントロの広場でそれぞれの過ごし方で夕澄みを楽しんでいた。
相変わらずモトタクシーがひっきりなしだった。
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