2013年3月11日月曜日

ミルタ谷の仙人風呂

雨中の山入りとなった前日。
夜半過ぎには、叩きつける雨ともに風当たりも強まり、嵐となった。
木造小屋を覆うトタンがギィギィと激しく軋み、時折ギギギッと語調を強めた。
その音に気がついて目が覚めると、嵐の行方が気になって寝るに寝れなかった。
この小屋ごとかっさらっていきそうなかんじだ。
突然、バタンッ!という音がし、風が室内に舞い込んだ。
風によって入り口の扉が開かれてしまっている。
扉を閉めに、布団から這い出る。
外を見ると、この小屋をぐるりと囲む山のシルエットがもやの向こう側に不気味に浮かび上がった。

今朝になると、当たりは落ち着きを取り戻し、
ここ最近ではおなじみとなった曇り空が何事もなかったかのようにどんより広がっている。

おはよう、と宏一さんが起きてきた。
そうして
『昨日の風はすごかったねぇー!こんなの初めてだよ!あつしくんもすごい時に来たねー!』
とあっけらかんと笑う。
なんだか僕も、こんなタイミングでここを訪ねたことが可笑しくなってきて笑う。
外は小降りの雨だけれど、宏一さんは早速薪割りに外へ。
亜衣さんはストーブで朝食の準備。
子供たちは朝から元気にレゴブロックで遊んでいる。
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電気のない暮らしって、現代文明にどっぷり漬かってしまっている僕にとってなかなか想像がつかなかった。
そりゃあ自転車で何もないところを走っていると、キャンプ生活をすることだってあるけれど
それは刹那的だし、意識的に“我慢”を伴うオフラインライフだ。
中渓家のそれは、ずっと続いていくものだから、我慢というよりは“割り切り”という捉え方のような気がする。
そして、現代文明から離れることは人が営みをしていく上で、それほど大きな問題ではないのかもしれない。
この地で1年半以上暮らしてきたこの家族の、とりわけ一心くんと幹太くんの屈託の無い笑顔を見てるとそう思う。
二人がこれからどんな大人になっていくのか今からとても楽しみだ。

すっかり朝のお馴染みとなった亜衣さん特製パンとコーヒーを啜った後は、一仕事。
また麓まで下りて、食料の荷揚げだ。
僕もお世話になっている身なので、これぐらいは役にたたなければ。

宏一さんと一緒に山を降りる。
相変わらず宏一さんは話の引き出し方が上手で、つい僕は自分の話に夢中になる。
昨日に比べれば、だいぶ雨脚も弱ってきたので、周りの景色を見る余裕がある。

ずぶずぶのマッディなトレイルの周りを取り囲む木々の幹にはコケがびっしりと着床している。
倒木や、切られた木立から、新しい命が芽吹き力強い緑色を放っていた。
絶えず降り続く雨がこの豊穣な森を育んでいるのだ。
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『パタゴニアのトレッキングはもうここで十分なんじゃない?』
なんておどける宏一さん。

荷揚げを2往復し、やっとすべての荷物を運び上げることが出来た。
普段は、これを一人で4、5日かけてやるというのでいかに大変なことかが分かる。

荷揚げを終える頃にはすっかり午後もいい時間に。

『じゃあ、今からお風呂を準備するね』
そう、この中渓家が暮らすミルタ谷にはお風呂があるのだ。
小屋のある丘を少し下ったところにある清流のほとりにドンと置かれたドラム缶。
これももともと、宏一さんが麓から担いで(!!)持ってきたものだそうだ。

これが中渓家の通称『仙人風呂』である。
名称の由来は、僕のようにここに遊びに来て、ドラム缶風呂設置を手伝った宏一さんの友人の
ニックネームが『仙人』と呼ばれていたからだそう。
文字通り仙人のように長い髭を蓄えているのだとか(会ってみたいなぁ)

ドラム缶の下に焚き火を起こし、水を温める。
ほとんどの準備を宏一さんがやってくれた。
そしてお言葉に甘えて、一番風呂をいただくことに。

ドラム缶の縁に足をかけて、そっと入る。
するすると体がドラム缶の中に引き込まれた。

直火で熱くないか心配だったが、足元に敷かれた厚手の木蓋のお陰で問題なし。

焚き火はなお燃え続けているので、入るほどに体がぽかぽかとまるでお湯に溶けるように馴染んでいく。
直火っていうのがいいのかな。
ガスで沸かした湯とはまた違った温さが体全体に染み渡っていくのを感じる。
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パチパチと足元で燃える炎とモクモク立ち昇る煙、脇の小川をカラカラ流れる清水。
いまここにあるものが全て、そう思えるようなこれ以上無い贅沢な空間にしばし酔いしれた。

体がだいぶ温まったところで、宏一さんに伝授された仙人風呂のとっておきの入り方をしてみる。
それは、小川で冷たい水をかぶって、仙人風呂にドボン!という入り方。

温まった体でも、水をかぶるのは相当の勇気がいったが、意を決してザブンと水をかぶる。
冷たい!と思うまもなく、ドラム缶へドボン!
一瞬で冷えた体が、またぽかぽか温まっていく心地よさは、まさに仙人の夢見心地だった。

気持ち、、、いい~!

思わずため息が漏れる仙人風呂。

きっとこのお風呂の入り方も、お湯の温さや水の冷たさを本当の意味で知っていなければ出来ないだろうなと思う。
とかく、僕らは快適な方に流されがちだ。
寒いところにいるのだから、ずっと温かいところにいたい、お風呂から上がりたくない。
そこであえて正反対のチョイスをしてみる(それが難しいのだけれども)
ギャップが大きければ大きいほど、きっとたくさんの発見があるのだと思う。

お湯の温かさも、水の冷たさも教えてくれる仙人風呂。
勉強になりました。

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