2013年5月13日月曜日

最後のわがまま

ブエノスアイレスは雨だった。
空港を出ると、ちょうど日本の梅雨を思い出させる雨の匂いがあたりに立ち込めていた。

このぐずついた天気のせいかは分からないが、どうもブエノスアイレスは好きになれなかった。

かつて世界有数の経済大国であったアルゼンチンの首都。
古めかしいヨーロッパ風の建築が多い街並みは“南米のパリ”とも称される。
パリには行ったことがないので、僕にはそうなのかどうか分からないが、
たぶんパリはもっと洗練されているだろう。
それよりも、どこかメキシコシティに似た重厚な雰囲気を感じた。
しかし、街全体に覆いかぶさる重苦しい空気が、街歩きをする度に僕をどんよりとした気持ちにさせた。
メキシコシティに似ていいたとしても、待ち行く人はどこか気取っていて、
あの何が起こるか分からないワクワク感はここにはなかった。

ここはパリにもなれない、メキシコシティにもなれない何だか中途半端な街。
率直な印象として、かつての栄華にすがる街、そんな風に感じた。

そんなブエノスアイレスでは観光を手早く済まし、黄熱病の予防接種(ここでは無料で打てるのだ)などの
事務作業を終えて、そそくさと夜行バスに乗ってポサーダスの街へ移動した。

この街に注ぐパラナ河の向こうはパラグアイだ。

カーテンから差し込む光で目が覚めた。
窓の外に目をやると、朝日に染められたこがね色の草の穂先が寝ぼけ眼に堪える。
目を凝らしてよく見ると、実際はずいぶんと青々としている。
ガラスで隔てられているものの、どこからか、ねっとりとした亜熱帯の匂いが入ってくる。
世界が変わった。

と思った。

つい数日前まで大陸のはしっ子にいたというのに、
飛行機やバスに乗るとこうも劇的に世界が巡りめぐっていくとは。

そのスピード感に改めて驚く。
どっちがいいってことはないのだけれど、この瞬間的な変化には
長いこと自転車で旅行してきた僕にはちょっと馴染みが薄い。
毎日少しずつの変化を感じながら、気がつくと風景が、気候が、建物が変わっているといった方が
性に合う。
そんなことをぼんやりと考えている合間に、太陽はぐいぐい上った。
この20ヵ月ほとんど進路を南にとってきたから、朝日といえば進行方向左から上るものだった。

北上するバスの右手から差す朝日に抗いがたい違和感を覚える。
やがてバスはポサーダスのバスターミナルへと到着した。

パタゴニアも終わりに差し掛かった頃、大陸縦断を目前にしてずっと考えていたことがあった。
大陸の先に近づくにつれて感じる、南米の終わりを予感させる寂しさ。
すべての道が一本道に収斂されて、自由が少しずつ失われていく感覚。
最果てのウシュアイアは目的の土地ではあったけれど、そんなことも感じつつ目指した土地だった。

ウシュアイアで南米を終えていいのだろうか?

それにパタゴニア地方は南米にあって、全く別世界のようなところ。
このまま綺麗に南米を終わらせるよりも、大陸の端っこにこだわらなくても、
自分の好きなところを走ってこの地を後にしたいと思った。
僕の頭の中にある南米の、ラテンアメリカの原風景とは、じっとりしていて暑くて、ギラギラしたところ。
もしくはアンデスの厳しくも優しい懐の深さ。
イロイロ考え今後のルートを踏まえた上で、前者を最後に走ろうということでパラグアイにやってきたのだ。

うだるような暑さのなか、汗を滴らせ走り、立ち寄った商店でキンキンに冷えたコーラをぐびりと飲み干し、
現地人との片言ながらのコミュニケーションを楽しみたい。
大陸の終わりが端っこや海じゃなくてもいい、自分が満足出来ればそれでいいのだ。
カルタヘナ~ウシュアイアまでは完全自走にこだわった南米大陸。
一つ目標が達成出来たお陰で、これからは端っこや自走にこだわらず、
もっと自由に旅行が出来る、そんな気がする。
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