2011年10月2日日曜日

アメリカ最後の街

いま、メキシコ国境まで500mのマックに滞在している。
“滞在”しているというよりは“避難して”いる。
恐らく、これまでも何百、何千という旅人がこのマックに安息を求め駆け込んだことだろう。



アメリカ最後の街、El Paso。
ホワイトサンズでの興奮覚めやらぬまま、意気揚々とここまで
かっ飛ばしてきたが、高揚とした気持ちは市内中心部に入っていくにつれ萎んでいった。
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市外にはいかにもアメリカらしくも少しうんざり気味の立派な住宅地が、綺麗に区分けされていたが
中心部は、つぎはぎだらけの道路、おんぼろ車から流れ出る爆音ラジオ、散乱するゴミ…
何よりも聞こえてくる、見えてくる文字はスペイン語。
空気が変わったというより、もうすでにメキシコに入ってしまったというかんじだった。

これに少々尻込みした僕は、まだアメリカの雰囲気が残る中心部から少し離れたところに宿をとって偵察することにした。
何せ、国境の向こう側は「戦争地帯を除くと世界で最も危険な都市」と呼ばれるシウダーファレス。
準備しすぎるに越したことはない。

エルパソとリオグランデを挟んで隣接するメキシコ側の街シウダーファレスは中南米で生産される麻薬の密輸ルートであるが
メキシコ国家の麻薬取締強化により、近年、軍と麻薬組織の争いが激化し民間人も巻き込んだ銃撃戦も
しばしば起こり、年間2000人近く死亡しているそうだ。

こんな事前情報も僕の国境越えに不安を感じさせる。
以前、カナダのナイアガラからアメリカのバッファローに渡った際の治安の変化にもビビったが、それどころじゃない。

ひとまず両替をしに、中心部へ向かったら見つけたのが冒頭のマックである。
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思わず助けを求めて入店。
チーズバーガーセットを食べつつガラス越しに周囲を観察。
ちょうど向かい側に両替屋があった。
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緊急用に少々$を残しつつメキシコペソに交換。

その後繁華街を散策してみた。
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国境から伸びるストリート沿いにはたくさんの商店が軒を連ね、特に婦人服、カバン、靴屋が乱立していた。
まだ値段表記は$表記だけど、価格も少々下がっている。
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そのまま国境も様子見に。
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アメリカ入国用の橋に大量の車が列をなして入国待ちをしている。
近くには銃を持った軍人がウロウロ。

72時間以内であれば、特に申請なくメキシコへ渡れるそうだが、
すでに帰国用のチケットを持っていないので、万が一アメリカに戻れない場合も考えられたので
メキシコ側はぶっつけで行くことにした。

にしても現地の人達は、日常的に国境越えをしているらしくたくさんの通行客がいた。

またマックのある通りに戻って散策を再開して気づいたのだが、マックのある通りの
南北で明らかに空気が変る。

南側はメキシコ風の商店が目立つのに対して、北側は綺麗な街並み、ビル群が建つ。
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事実上の国境は、ここじゃないかとさえ思えてくるような違いっぷり。

関係ないけど、等間隔にベンチに置き去りにされたカップ
狙ったわけじゃないと思うけど。
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ファレスの街をスムーズに出るために、出来ればメキシコの地図も手にいれておきたかったが、
残念ながらアメリカ側には見つけることが出来なかった。

宿に戻ってからは、国境超えの情報収集に時間を費やす。
とてもアメリカを走り終えた余韻に浸る間はなかったのだった。

【アメリカ編終了】

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